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弱音を吐けないアスリートの問題 ラグビー選手会「よわいはつよい」プロジェクト発足のワケ

「よわいはつよい」の意味とは
「よわいはつよい」の意味とは

弱さを受け入れる力、それは勇気

――吉谷さんは「よわいはつよい」というプロジェクト名のネーミングやホームページの制作をされたとお伺いしています。このプロジェクトに込めた思いについてお聞かせください。

吉谷氏「トップページにある8行でまとめられたメッセージがこのプロジェクトを端的に表しています。弱さをさらけ出して、それを受け入れることこそ本当の強さだということが、伝えたいことでした。

 この中に『勇気』という言葉がありますが、かつて僕は『強さ』というのは『優しさ』だと考えていました。ですがこのプロジェクトに携わっていく中で、『強さ』とは『勇気』なんじゃないかと考えるようになりました。自分の弱さを受け入れる勇気だったり、自分が感じている違和感を言葉や行動にする勇気だったり。もちろんその勇気というのは社会や人のためになる『優しさ』の要素もあると思いますが。

 どんなに強く見える人でも、その人の本当の心の中は誰にもわかりませんし、人間は基本的に弱い生き物だと思います。僕だって冬は朝起きられず『自分って弱い人間だなぁ』とよく思います(笑)。けれどみんながお互いに『そりゃあ強い自分でありたいけど、人って完璧じゃなくてみんな弱いよね』といった前提があれば、人に優しくできますし、誰かがミスをしても『お互いさま』と思える寛容な社会になるのではないかと思います」

――吉谷さんも元ラグビー選手で、高校ラグビー部のヘッドコーチをされていた経験があるんですね。

高校生をコーチした経験を持つ吉谷氏【写真:堀浩一郎】
高校生をコーチした経験を持つ吉谷氏【写真:堀浩一郎】

吉谷氏「コーチをしていた時、失敗したなと思っていることがあって……。まだコーチを始めたばかりの頃、自分にとってコーチという立場が初めてということもあり気合いが入りすぎて、『あれもしたいこれもしたい』と選手たちにたくさん『指示』をしてしまっていたんです。ですが、なかなか選手たちは自分の思い通りには動かない。なので練習中によく『どうしてできないの!?』と言っていました。今思えば自分のコーチング力のなさです。

 それからは自分の役割は『ラグビーを教える人』ではなく、『ラグビーを好きになってもらうお手伝いをする人』と置き換えました。なので、それまではこちらが『理想のプレー』などを一方的に映像で見せていたのですが、選手たち自身に『マネしたい好きな選手を見つけよう』と言ったり、カラダづくりの目標もこちらが設定するのではなく自分たちに考えてもらったりするようにしました。

 選手たちの言っていることを受け入れる心の余白を持ち、選ぶ権利を選手に与える。そうすれば、選手と指導者という立場を超えて心を通わせることもできますし、結果的にチームの戦績も伸びました。受け入れる勇気というのは、選手だけに言えることではなく、指導者にとっても大事なことではないかと思います」

――では、本当の意味で強さを兼ね備えた選手になるためにはどうすればいいのでしょう」

小塩氏「強さの土台には、メンタルフィットネスがあると思っています。アスリートの最上の目的がパフォーマンスの向上だとすると、土台の上に練習する、技術を高めるということがあると思います。ただ土台がぐらついていたら、本当の意味で強くはなれないと思います。だからこそ、メンタルフィットネスは大事。まずは自分の心の状態をありのままに受け入れるところからスタートするのだと思います。そして心と向き合うとき、誰かと自分の気持ちを共有するためにONE TAP SPORTSのようなツールを使って、見える化するのがいいと思います」

川村氏「実は自分を例にあげると、メンタルフィットネスに注目し、取り組むようになってから、選手としてのパフォーマンスが高いレベルで安定してきました。どんな風に取り組んでいるかというと、PDMのキャリアディレクター小沼健太郎さんという方との会話を思い出すようにしていました。

 それは、自分の心の中にある潜在的なモヤモヤを放置するのではなく、向き合って、このモヤモヤは何か? を考えるんです。原因が何かを考え、顕在化することで自分なりにモヤモヤを解消する対処方法を見つけ出すことができれば、それにうまく対応できる。また対処方法が分からなくても、自分がそういう状態なんだということを理解するだけでパフォーマンスは改善していきます。心の持ちようで、パフォーマンスは変わる。だから僕は選手たちにメンタルフィットネスときちんと向き合った方がいいと伝えたいと思います」

吉谷氏「本当の意味で強い選手とは、ムラがないことだと思いますね。ムラをなくすためにどうしたらいいのかを考えると、やはり心が大事なんじゃないかと思います」

――それでは、最後に今後の目標とメッセージをお願いします。

川村氏「選手会としてはラグビー界でのモニタリングを成功させることと、2021年以降の新リーグが開始された時に各チームでPDPを説明し、導入するのが目標です。サッカーや野球など他競技の選手会の皆さんにも興味を持っていただいているので、モニタリングの結果をご紹介していきたいと思っています。そしていずれはアスリートだけでなく、お子さんから高齢者の皆さんまで、安心して相談できるPDMのような人を身近に持てるような仕組みを広げていきたいです」

小塩氏「今はやっと一歩踏み出したばかり。現役アスリートを対象に行っている取り組みですが、継続的なプログラムにするために『見える化』できるプラットフォームを基に研究者という立場で分析していきます。ジュニア世代の指導者・教育現場にも広めていければ、『メンタルフィットネス』というものがもっと身近なものとなり、心の状態をさらけ出せるような場づくりができるのではないかと思います」

吉谷氏「『よわいはつよい』プロジェクトを通じて、自分を受け入れる力、勇気を持ってもらえるように活動したいと思います。そして指導者の方には、まずはご自身の悩みや不安をさらけ出してくださいと言いたいです。指導者が弱みを出せば、きっと選手たちも同じように心を開いてくれると思います」

川村氏は「ラグビー界でのモニタリングを成功させること」を目標だと話した【写真:堀浩一郎】
川村氏は「ラグビー界でのモニタリングを成功させること」を目標だと話した【写真:堀浩一郎】

■川村 慎 / 日本ラグビーフットボール選手会会長

 1987年生まれ、東京都出身。ジャパンラグビートップリーグのNECグリーンロケッツに所属するラグビー選手。ポジションはフッカー(HO)。高校時代、U17日本代表候補に選出され、大学卒業後、大手広告代理店に入社するが、退社してラグビー選手として復帰を果たす。2020年、日本ラグビーフットボール選手会会長に就任した。

■小塩 靖崇 / 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター研究員

 1987年生まれ、岐阜県出身。心の健康・メンタルヘルスが専門の研究者(教育学博士)。若年層が健康かつ幸せに育つ社会を目指して、さまざまな取り組みを行っている。自身もバスケットボールを楽しむスポーツマン。「よわいはつよい」プロジェクトでは心の専門家・研究者として、アスリートへのメンタルヘルス支援策の開発と実装、論文やコラム執筆などにより研究と実践の橋渡しを目指す。

■吉谷 吾郎 / 株式会社パラドックス・クリエイティブディレクター

 1987年生まれ、東京都出身。早稲田大学ラグビー蹴球部卒の元ラグビー選手。「よわいはつよい」プロジェクトの企画、クリエイティブディレクション、コピーライティング、ホームページ制作を担当。ラグビーW杯2019日本大会の公式キャッチコピー「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」など、ラグビーをはじめスポーツ界、企業や地域のブランディングおよびコピーライティング・クリエイティブワークを多数手掛けている。

(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/

(スパイラルワークス・松葉 紀子 / Noriko Matsuba)

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