「私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じ」 陸上・新谷仁美選手が隠さず語る、女性アスリートの生理問題
「私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じです」
――そんな新谷さんも、2012年にロンドン五輪に出場した翌年、無月経を経験されています。何があったのでしょうか?
「きっかけは、ロンドン五輪後、右足の足底腱膜炎になったことです。2013年8月の世界陸上を控えていた私は『体が軽くなれば足への衝撃も軽くなり、痛みが減るかもしれない!』と、医者にもいかず、周囲にも何も相談せず、浅はかな考えから減量をしてしまった。ケガを隠すと合わせてメンタルも崩壊するんですね。心の闇がどんどん広がり、無月経につながってしまった」
――当時の新谷さんは身長165センチ、体重40キロ。体脂肪率はなんと3%とあります。病院からも過度な減量による無月経と診断されたそうですね。
「でも、真の原因はケガによるメンタル面にあります。私のなかでは、無月経=ケガです。アスリートはケガをすると競技がストップしてしまう。だから、常に危機感を持っていました。無月経になり、500円玉ハゲになるんじゃないかってぐらい悩んだし、『目が覚めたら生理が来ていた!』という夢まで見ました。私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じです。すごく怖かった」
――生理が正常に戻ったのは?
「目標にしていた世界陸上で思うような結果を残せず、一度、引退を決めた後です。すぐに正常に戻りました。この時、結果を出すことと生理があることは、ともにこだわらなければいけないと気付きました。そのためには、日ごろから心のケアをしっかりすること、周りに助けを求められる、助けてもらえる環境にいるかどうかが一番大事です。ですから復帰後は、チーム、家族、すべての人に、自分の状態を包み隠さず共有しています」
――一方、中高、大学生選手の男性の指導者のなかには「生理について選手に聞くことでセクハラだと感じさせる心配がある」という声もなくなりません。
「でも、選手が何か困っている様子が見られたら、『大丈夫か?』と声をかけることはできますよね。選手が抱えている痛みが、ただの腹痛なのか、生理によるものかは、見た目では判断できないですし。まずは『大丈夫?』と聞きてみる。そこで、『大丈夫です』と返ってくればそれでよし。『手を貸してください』と言われたら次の行動に移せばいい。そうやって選手と指導者がコミュニケーションをとれる環境になっていけば、生理不順はなくなるのではないかな、と思います」
――選手側も、指導者の性別に関わらず「調子が悪いと言いにくい」という気持ちを抱いている方は少なくありません。
「私もコーチが怖い、と思うときがあります。でも、アスリートとして自分の意見、考えを伝えることは必要であり、そこに対しての怖さはありません。選手が発言できる環境作りも必要ですが、選手自身も、大切な自分の体の状態を、指導者に対してきちんと伝えられるようになり、しっかりコミュニケーションをとりながら行動できるようであってほしいです」
――今後も、女性アスリートと生理についても情報を発信していきたいと考えていますか?
「もちろんです。私は母や中学・高校の恩師から、スポーツをしている・いない関係なく、生理があることは生きるうえで必要であり、自然であることを周囲から教えてもらいました。ですから、生理を否定することは女性であることを否定することだと考えます。私自身、生理があることをマイナスに感じたことはないし、むしろプラスに働いたこともあります。ですから今後も、スポーツをやりたい子たちが、安心してスポーツができる、集中できる環境を作るために、生理をマイナスと捉える、風潮を変えていきたいですね」
【プロフィール】新谷 仁美 / Hitomi Niiya
1988年2月26日生まれ。岡山県出身。総社東中から興譲館高(ともに岡山)に進学。全国高校女子駅伝には1年から出場。3年連続で1区区間賞を獲り、3年時は全国優勝を果たす。卒業後は実業団で陸上を続け、女子1万メートルで2012年ロンドン五輪9位、2013年世界陸上5位入賞。同年12月に一度引退を発表したが、2018年に復帰した。2019年1月から積水化学に移籍。12月、日本選手権1万メートルで18年ぶりに日本新記録(30分20秒44)を樹立し、2021年東京五輪出場を果たす。1万メートル、ハーフマラソン(1時間6分38秒)日本記録保持者(2023年4月現在)。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)