一度は思った「男性に生まれていれば…」 女性騎手の先駆者として戦い続ける25歳の現在地――競馬・藤田菜七子
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「スポーツに生きる、わたしたちの今までとこれから」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場し、これまで彼女たちが抱えていた悩みやぶつかった壁を明かし、私たちの社会の未来に向けたメッセージを届ける。3日目は競馬界で女性ジョッキーとして活躍している25歳・藤田菜七子が登場する。
THE ANSWER的 国際女性ウィーク3日目「男性社会で戦う女性」藤田菜七子インタビュー後編
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「スポーツに生きる、わたしたちの今までとこれから」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場し、これまで彼女たちが抱えていた悩みやぶつかった壁を明かし、私たちの社会の未来に向けたメッセージを届ける。3日目は競馬界で女性ジョッキーとして活躍している25歳・藤田菜七子が登場する。
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今回のテーマは「男性社会で戦う女性」。社会的に「女性活躍推進」がトレンドの今、男女が同じ土俵で戦う数少ないスポーツ、競馬騎手として奮闘する藤田。日本中央競馬会(JRA)16年ぶりの女性騎手としてデビューし、活躍が難しかった女性騎手の記録を数々塗り替えてきた。後編では、デビュー5年目以降に訪れた挫折も支えてくれる恩師らに対する感謝、さらに男性も女性も関係ない勝負の世界で戦い続けるアスリートの矜持も語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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16年ぶりのJRA女性ジョッキーとしてデビューした藤田菜七子。以来、女性騎手としての記録を数々塗り替え、歴代最多148勝を誇る。
その裏で挫折も経験した。1年目から6勝、14勝、27勝、4年目に自己最多の43勝と勝ち星を増やしていったが、5年目の2020年2月にアクシデントに見舞われた。落馬による左鎖骨を骨折。プレートを埋める手術を行い、1か月半離脱した。この年は35勝と奮闘したものの、翌2021年の9月に再び同じ箇所を骨折し、1か月半離脱した。
復帰すれば、今まで通りに活躍できるかといえば、その限りではない。競馬のジョッキーは馬主や調教師から騎乗依頼を受け、初めてレースに出走できる。誰かが抜ければ、別の誰かにチャンスが回る。一度譲ってしまったイスは簡単に戻って来ない。実績のあるトップジョッキーならまだしも藤田のような若手なら、なおさらだ。
6年目の2021年は14勝に終わり、2022年は8勝。その間、拠点の茨城・美浦トレセンを離れ、滋賀・栗東に武者修行に出たこともある。
必死にもがき苦しんでいるが、復活を目指す闘志は消えていない。「どうせ、私なんて」と弱気になりやすい藤田の口を突くのは、周囲への感謝。師匠の根本康広調教師、そして同じ根本厩舎に所属する兄弟子の丸山元気騎手、野中悠太郎騎手は良い時も悪い時もスタンスを変えず、叱咤激励してくれる。
「どうしても噛み合わなくて成績がついてこない時もある。自分でもどう努力したらいいか分からなくて悩んでいると、先輩方が『どうした?』と話を聞いてくださったり、『こうしたらいいんじゃない?』と教えてくださったり。それが、私にとっては凄く励みになって頑張ろうという気持ちになります」
藤田が孤軍奮闘する過程で、喜ぶべき変化があった。JRAの女性騎手をとりまく環境だ。
5年間、唯一のJRA女性騎手として戦ってきた藤田の後を追うように、2021年に永島まなみ、古川奈穂の2人がデビュー。さらに、昨年デビューした今村聖奈は1年目にして51勝を挙げ、藤田が持つ年間勝利記録「43」を塗り替えた。この3月には2人の新人がデビューし、女性騎手は史上最多6人になる。
JRAは「通算100勝を達成するまで」もしくは「デビュー5年目まで」は、馬に課す負担重量が1~3キロ減るハンデが設けられていた。ただし、2019年から女性騎手は1~4キロのハンデに変わり、100勝を達成もしくは5年目を終えても恒久的に2キロのハンデが設けられ、女性騎手の騎乗機会拡大を後押しした。
「私が変わったというより、周りの環境が変わってきた」と言うものの、女性騎手の先駆者として藤田の功績は数字以上に大きい。
「私自身、(女性騎手の壁を)乗り越えられているかは分かりませんが、こうして女性ジョッキーが増えることで、競馬界が盛り上がれば凄く良いこと。私がデビューした当時は想像もできなかったことですし、私は出てくる後輩たちに負けないようにしなければという気持ちでいます」