「東京五輪の時より上手いんじゃね?」 現役復帰→2年後に世界一、競技を離れた1年で見つけた“今の自分”――体操・杉原愛子
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開する。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートのインタビューを掲載。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントを探す。

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」8日目 杉原愛子インタビュー後編・現役復帰
「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開する。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートのインタビューを掲載。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントを探す。
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8日目は昨年行われた世界選手権の種目別ゆかで、自身初の金メダルを獲得した杉原愛子(TRyAS)の後編。東京五輪の翌年に一度競技から離れるも1年後に復帰し、26歳になった今も世界のトップレベルで活躍している。競技をすることが「楽しい」と語る、その原動力について話を聞いた。(取材・文=長島 恭子)
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2月22日、イタリアでミラノ・コルティナ五輪の閉会式が行われたその日、ドイツ・コトブスでは体操の種目別ワールドカップ(W杯)の決勝が行われていた。
平均台の最初の演技者は杉原愛子。最後、得意の屈伸ダブル(2回宙返り)で着地を決めると、解説者のダヌシア・フランシス(東京五輪ジャマイカ代表)は感嘆の声を上げた。
「最初から最後まで、本当に素晴らしかった。近年、(体操競技は)振付や演技、芸術性が重視されている。そして演技の心得がある選手と言えば、杉原愛子だ」
4歳から体操を始め、16歳で初めて日本代表に選出された。五輪は2016年リオデジャネイロ大会、21年東京大会に出場。しかし、「人生をかけて挑んだ東京大会が終わり、燃え尽き症候群になってしまった」という杉原は、22年6月に行われた全日本種目別を最後に競技生活から一時離れた。
当時は、大学の最終年。「育成やイベントを通じて、体操をメジャースポーツに成長させたい」と、セカンドキャリアをスタートさせた。体操コーチや審判の資格を取得し、在学中は学生コーチとして後輩をサポート。翌年、武庫川女子大学付属中学体操部のコーチに就任した。
「中学生を教えるからには、何よりも基礎が大事です。大学時代から自分のコーチだった大野(和邦)先生から、指導法を教えてもらうなか、改めて基礎の大切さが身に染みました」
人に教えることで、体操の技術を論理的に理解することもできた。それをイベント用に練習していた自分の演技に落とし込むと、基礎練習の理解が深まったことで、技の質が向上した。
「そのうち、『あれ? 東京五輪の時より今の杉原愛子のほうが上手いんじゃね?』という手応えを感じました。自分はまだ動ける。体操の普及を目指すなら、競技者としてできることをやるべきではないか、という思いが強くなりました」
復帰の決め手となったのは、母の一言だった。「全日本の種目別、出てみようかな」。そう母に伝えると「えー、出てほしい!」と返ってきた。
「母にそう言われてすごく嬉しかった。たぶん、もう1回、競技会で私の演技を見たいという思いで言ってくれたのだと思いますが、この言葉がなかったらきっと復帰していなかったと思います。
両親には、『やりたいことがあったら、やらずに後悔するより何でもやってみなさい』と育てられてきました。そういう意味でも、背中を押してくれたのかな」
復帰戦となった23年6月、全日本種目別のゆかに出場。1年間のブランクはあったものの、見事優勝を飾った。
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