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国内最高予定も…遅かったペースメーカー問題 「そこは選手が判断」陸連ディレクターが求めた事【東京マラソン】

東京マラソンが1日、東京都庁~東京駅前・行幸通りで行われ、ペースメーカーが設定タイムより大きく遅れるハプニングが起きた。スタート直後から2時間2分を切る国内最高ペースで走る予定だった外国人ペースメーカーが遅れ、レースはスローダウン。大会側が目指した国内最高記録、日本記録の更新はならなかった。

東京マラソン、ペースメーカーに波紋【写真:中戸川知世】
東京マラソン、ペースメーカーに波紋【写真:中戸川知世】

東京マラソン

 東京マラソンが1日、東京都庁~東京駅前・行幸通りで行われ、ペースメーカーが設定タイムより大きく遅れるハプニングが起きた。スタート直後から2時間2分を切る国内最高ペースで走る予定だった外国人ペースメーカーが遅れ、レースはスローダウン。大会側が目指した国内最高記録、日本記録の更新はならなかった。

 スタート直後、集団の前を走るはずのペースメーカーに異変が起きた。日本人ペースメーカーの中村大聖(ヤクルト)だけが1キロ2分53~54秒の設定を守って飛び出したが、他の外国人ペースメーカーは後方待機。海外招待選手もそれについたため、スローな立ち上がりになってしまった。

 バイクで並走した大嶋康弘レースディレクターは「ペースを上げる指示を出したが、思った以上に風が強かった」と説明。「2分57~58秒に下がった場面で『巻き返しましょう』と指示した」。一時的には設定ペースに戻ったが維持できず「外国人選手の集団が(ペースに)馴染んでいる状況だったので、それからは上げる指示はしなかった」と話した。

 結果的に飛び出したペースメーカー中村に一般参加の橋本龍一(プレス工業)がついていき、10キロで中村が外れてから27キロ過ぎまでは一人旅になった。「第2集団」のスローペースから優勝したタデセ・タケレ(エチオピア)は「ペースが遅いとは思ったが、あとから取り戻せると思った」とレースを振り返った。

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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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