「長友と鎌田、言い合いしとったな」 久保竜彦は見た 世界の先ゆく大人の集団、15分での激変
日本代表は「精神面では世界より先に行ってる気がするんよね」
この試合ができたんが、日本サッカーは相当自信になると思うんよ。日本人もできる、と。
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個人の差は凄くあると思うけど、チームとしてやれるっちゅうかね。途中から入ってきた選手が浮き足立たないし、そういうチームになってると思うし。最後15分くらい攻められたけど、吉田、冨安が入ってガチッとなったし。
ああいうのができなかったもんね。今まで見てる限りじゃ。安心して見てられるじゃないけど、大丈夫っぽい感じはあったよね。
なんか、より大人の集団になっとるし、精神面では世界より先に行ってる気がするんよね。技術、体力はそりゃ、まだ差はあると思うけど。それくらい成長しとる。森保さんの力がでかいんやろなっていうのもあるよね。
日本サッカー始まってから見てる人は80歳か、90歳くらい? (感想を)聞いてみたいよね。そんな人、誰がおる、釜本さん?
次はクロアチア戦か。(16強の壁を)超えそうな雰囲気があるし、そういう流れやと思うし、冨安が戻ったのもでかいと思う。スペインも誰がおるかは知らんかったけど、クロアチアも誰がおるかは知らん。ただ、スペインよりはやりやすいと思う。デカイやろ。デカくて体でゴリゴリ来るイメージ。
三笘と堂安が生き生きできればいいと思うし、堂安はもっとよくなると思う。(同点弾の場面で)ペナ(ペナルティエリア)の中でああいうプレーができた自信で、もっと中盤でもボールを持てるようになると思うよね。
次の試合はいつなん? 月曜夜か。いやあ、楽しみよね。やってくれるやろ。
■久保 竜彦 / Tatsuhiko Kubo
1976年6月18日生まれ。福岡・筑前町。筑陽学園高を経て、1995年に広島加入。森保監督(当時選手)とは7シーズンプレーした。2003年に横浜F・マリノスに移籍し、リーグ連覇に貢献。1998年に日本代表デビュー。ジーコジャパンとなった2003年以降は日本人離れした身体能力と強烈な左足でエースとして活躍したが、腰や膝など度重なる怪我により、2006年のW杯ドイツ大会は落選。以降、横浜FC、広島などを渡り歩き、2014年に引退。J1はリーグ戦通算276試合94得点。日本代表は国際Aマッチ通算32試合11得点。引退後は山口・光市に移り住み、コーヒー焙煎や塩作りなど、異色のセカンドキャリアを歩む。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)