[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

クラブ社長も誕生、監督経験者は8人、48歳で未だ現役も… 98年フランスW杯日本代表の今

カタール・ワールドカップ(W杯)で7大会連続7回目のW杯出場となったサッカー日本代表。それまで閉ざされていた歴史の扉を開き、日本をW杯常連国に押し上げるきっかけとなったのは1998年フランス大会だった。今ではクラブの社長に就任した者もいれば、監督経験を積み重ねている指導者、さらには48歳になっても現役を続けている選手など、活躍の場は多岐にわたる。個性派集団と呼ばれた22人のメンバーは今もなお、日本サッカー界を支え続けている。

1998年フランス大会、アルゼンチンと対戦した日本代表【写真:Getty Images】
1998年フランス大会、アルゼンチンと対戦した日本代表【写真:Getty Images】

【W杯大会別日本代表の今】「ジョホールバルの歓喜」でつかんだ初の大舞台切符

 カタール・ワールドカップ(W杯)で7大会連続7回目のW杯出場となったサッカー日本代表。それまで閉ざされていた歴史の扉を開き、日本をW杯常連国に押し上げるきっかけとなったのは1998年フランス大会だった。今ではクラブの社長に就任した者もいれば、監督経験を積み重ねている指導者、さらには48歳になっても現役を続けている選手など、活躍の場は多岐にわたる。個性派集団と呼ばれた22人のメンバーは今もなお、日本サッカー界を支え続けている。

【特集】初代金メダリストが次世代に繋ぐサポートの輪「夢を持ってくれたら」 / スケートボード・堀米雄斗選手インタビュー(GROWINGへ)

 前回の米国W杯アジア最終予選で涙をのんだ「ドーハの悲劇」を経て、1997年11月の「ジョホールバルの歓喜」でW杯初出場を決めた日本。本大会直前のスイス合宿ではエースとしてチームに中心にいたカズことFW三浦知良が22人のメンバーから落選し、日本中を驚かせた。チームにも動揺が走ったが、それまでカズが移動のバスで座ってきた“キングシート”には21歳の中田英寿が座り、カズの象徴と言われる背番号11はチーム最年少18歳のMF小野伸二に一時的に引き継がれた。

 本大会はグループステージ初戦のアルゼンチン戦で世界的エースストライカーのFWバティストゥータの一発に沈み0-1で敗戦。2戦目のクロアチアには大会得点王にもなったFWシュケルにゴールを許し、またも0-1で敗れた。W杯初勝利を懸けた3戦目のジャマイカ戦はFW中山雅史の日本におけるW杯初ゴールがあったものの1-2で敗れ、3戦全敗で大会を終えた。

 22人の“世界経験”の意味は大きく、このうち8人が次の2002年日韓W杯の日本代表メンバー入り。W杯経験を還元し、初の決勝トーナメント進出に繋げている。

 フランスW杯メンバーは日本サッカー界の中・長期的な強化においても貢献している。Jリーグのトップチームで監督経験があるのは8人(相馬直樹、井原正巳、小村徳男、山口素弘、名波浩、呂比須ワグナー、服部年宏、秋田豊)。また、森島寛晃は2018年にセレッソ大阪の代表取締役社長に就任。秋田は2022年シーズンまで指揮を執ったいわてグルージャ盛岡の監督を退任後の10月、運営会社の代表取締役社長兼オーナーに就任することが決まり、フロント入りしてチームを運営する立場になった者もいる。

 一方で48歳、プロ生活30年目の伊東輝悦はアスルクラロ沼津で2022年シーズンを戦い抜き、43歳になった小野もコンサドーレ札幌で現役生活を続けている。また川口能活は年代別日本代表のGKコーチに就任。JFL時代の藤枝MYFC監督経験があった斉藤俊秀は2019年に日本代表コーチとなり、森保一監督とともにカタールW杯に臨む。

(THE ANSWER編集部)


W-ANS

W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
DAZN
ABEMA
スマートコーチは、専門コーチとネットでつながり、動画の送りあいで上達を目指す新しい形のオンラインレッスンプラットフォーム
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集