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日本から国籍変更→五輪出場で一躍有名人「英国のBBCも…」 46歳のカンボジア人として陸上界に捧ぐ“猫の恩返し”――マラソン・猫ひろし

「猫魂」を胸に現在は大学院に通いながらカンボジア陸上界に貢献を進めている【写真:鈴木大喜】
「猫魂」を胸に現在は大学院に通いながらカンボジア陸上界に貢献を進めている【写真:鈴木大喜】

現在は大学院進学、カンボジア陸上界に捧げる“猫の恩返し”とは

 一人で走る際、彼には好きなコースがあった。世界遺産アンコールワット周辺は、いつ走っても気持ちが良かったという。

「凄く涼しくて、パワースポットみたいな感じがあるんですよ。それに遺跡を見ながら走るので楽しい。下は赤土で足にも負担が掛からないし、最高なんです。遺跡の周りには大回りコースと小回りコースがあるんですが、大回りだと僕たちの家から1周40キロくらい。アンコールワット周辺で走っているのは僕くらいで、住んでいる人たちが最初びっくりしていましたね。でもみなさん応援しれくれるし、子どもが追いかけてきて映画の『ロッキー』みたいになるんですよ。あと、日本語がしゃべれるガイドさんによく話かけられるんです。写真を撮って、ちょっと話をして。これ、日本人観光客へのネタになるんだろうなとか思いながら(笑)」

 国籍を日本に戻すという考えはまったくなかった。

 リオ大会後もカンボジア代表として、東京オリンピックに出ることを目標に走り続けた。カンボジアのためにという思いも強くはなっていた。しかしながらケガもあり、2大会連続出場は叶わなかった。何かが欠けていたと思った。

 彼はこう振り返る。

「一度オリンピックに出たという気持ちがどこかにあったのかもしれません。一流選手はそんなこともなく、やっていけるじゃないですか。でも自分みたいな才能のない選手は、もっといろいろとやんなきゃいけないのに、そこが足りていなかったんじゃないかって」

 使命感はあったにせよ、爆発的なパワーを自分のなかで生み出せていなかった。そう結論づけるしかなかった。

 東京オリンピックの道は閉ざされ、年齢も40代なかばに入った。走ることはライフワークにしても、目標は必要だった。まだ果たせていなかったのが、中島進ランニングコーチの自己ベストを抜くこと。それに向かうパワーを生み出すべく、妥協のない体づくり、コンディションづくりをさらに徹底して走り続けた成果が、2023年の東京マラソン。2時間27分2秒をマークし、46歳にして自己ベストを8年ぶりに更新した。中島コーチの記録をようやく抜くことができたのだ。

 目標に手が届いても、猫は休まない。次のチャレンジへと目を向けていく。

 年齢を重ねても体のことを理解していれば、もっとタイムを伸ばしていけるんじゃないか――。その思いから今年4月、順天堂大大学院(スポーツ健康科学研究科)に進学。生活の拠点を再び日本に移しつつ、カンボジア人として大会に合わせてカンボジアに戻る生活を送る。さらにカンボジア語を習い、スピーチコンテストにも出場している。なぜここまでやるかと言えば、ランナーとして高みを目指しつつも、カンボジアにいる後輩たちの力になりたいという思いがあるからにほかならない。

「カンボジアにいる選手たちのために何かサポートできることはあると思うんです。言葉は今も毎日勉強中です。たとえカンボジアに行けなくてもスマホでやり取りできるかなって。選手たちとも仲がいいし、自分より20歳下の選手もいます。若い人たちと一緒に走れる喜びが僕のなかにあって、何か青春できるっていうか(笑)。せっかく国籍を変えたんですから、もっと自分がやらなきゃいけないことがあるんじゃないかって」

 猫は日本のランナーから使わなくなったシューズを集め、カンボジアに届けるという活動も継続してやっている。

 “猫の恩返し”は、むしろここからが本番なのかもしれない。

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二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

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