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「くすんだ銀メダルを泣きながら磨いた」 孤立無援、天狗と揶揄され…涙と共に告白した28年前の名言の真実――マラソン・有森裕子

五輪2大会連続でメダルを獲得した競技人生について打ち明けた有森さん【写真:荒川祐史】
五輪2大会連続でメダルを獲得した競技人生について打ち明けた有森さん【写真:荒川祐史】

アスリートが自らの力で歩む世界を作るために「メダルが必要だった」

 意を決して94年11月に入院して手術を行い、95年2月まで入退院を繰り返しながらリハビリを継続する。リハビリを兼ねて練習をするために、兄がいるニュージーランドに飛んだが、数日後にマネージャーが来て「引退する?」と冷静に聞かれた。チームは引退するものだと考えていたのだ。有森さんは「引退しません。リハビリして戻ります」と伝えたが、このまま試合を決めずに練習していても気持ちが切れてしまうと思い、95年8月の北海道マラソンに出場することを決めた。

「北海道マラソンの時は、正直、復活できるとは思っていなかったんです。監督からも『2時間35分を切れればいいよ』と言われていました。だから何の感情もなく、ただ走れるのが嬉しいと思って走っていたら優勝して、アトランタ五輪の選考タイムを切ったんです。もう監督はびっくりですよ」

 2時間29分17秒で当時の大会新記録を樹立し、マラソン初優勝を達成。そのタイムをもって、有森はアトランタ五輪の女子マラソン代表に選出され、本大会で見事に銅メダルを獲得した。

 そして「自分で自分を褒めたい」という、あの名言がこぼれた。

「あれは、2大会連続でメダルを得たから出た喜びの言葉ではないんです。私が言いたかったのは、五輪でメダルを獲った選手が次の『生きる道』に向かうのに、なぜこんなに苦しい思いをしないといけないのか、ということだったのです」

 当時を振り返りながらそう語り始めると、表情が一気に険しくなった。

「バロセロナでメダルを獲った後、チームのサポートがほとんどなく、故障して走ることができなくなった。ある日、自宅の机の引き出しにしまってあったメダルを見ると、銀なのでくすんでいたんです。それを泣きながら磨いていた時、孤立無援な現場にいる、こんな状況が五輪メダリストの姿なのかなと思ったんです。

 アスリートがより強くなるために自分の力で道を歩もうとすると、わがままだとか、天狗になったとか言われる。金儲けのためとか、アマチュア精神を大事にしろとか、それを正義みたいに振りかざして言われるけど、自分の技術を活かして生きる道を作ることの何がいけないのか。スポーツを自分の仕事としてやれることは素晴らしいことなのに、なぜ当たり前に胸を張ってそう言えないのか。

 私が、それを主張するためには、もう一度メダルを獲ることが必要でした。そうじゃないと誰も耳を傾けてくれない。メダルは『私の話を聞いて』という印籠だったんです。(アトランタ五輪の銅メダルで)それがようやくできる。よく、ここまでやった。そういう思いから『自分で自分を褒めたい』と言ったんです」

 有森はバルセロナ大会からアトランタ大会までの苦しかった道のりを、涙を流しながら振り返った。

 当時の閉鎖的な陸上界で、彼女は想像を絶するような厳しい時間を過ごしたのだろう。あの名言から28年が経過し、選手を取り巻く環境は大きく変わった。アトランタ五輪後の「プロ宣言」を含めて、有森の行動が変革のきっかけとなり、現在に至っている。

 生きていくためにマラソンにすべてを注ぎ込んだ名ランナーは、今もスポーツ界をより良くするために、様々な場所で全力疾走を続ける。スポーツに関わる人の意欲や熱量の大きさが、人々の感動を生むベースになっているのは当時も今も変わらない。

(続く)

■有森 裕子 / Yuko Arimori

 1966年12月17日生まれ、岡山県出身。日体大を卒業後、リクルートに入社しマラソンに挑戦。92年バルセロナ五輪で銀メダルを、96年アトランタ五輪で銅メダルを獲得した。アトランタ五輪後に残した「自分で自分を褒めたい」は、同年の流行語大賞に。その後も日本初のプロランナーとなるなどスポーツ界の第一線を走り続け、07年2月に競技生活から引退した。現役時代から社会貢献活動にも力を入れ、10年6月には国際オリンピック委員会(IOC)女性スポーツ賞を日本人として初受賞。現在はIOC Olympism365委員会委員や日本陸上競技連盟副会長をはじめ、ハート・オブ・ゴールド代表理事、大学スポーツ協会(UNIVAS)副会長などの要職を務める。

(佐藤 俊 / Shun Sato)


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佐藤 俊

1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。

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