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「くすんだ銀メダルを泣きながら磨いた」 孤立無援、天狗と揶揄され…涙と共に告白した28年前の名言の真実――マラソン・有森裕子

夢中で走ったバルセロナ五輪、銀メダルを獲って変わった意識

 そして入社1年目の秋から本格的にマラソンに挑戦した有森は、初マラソンとなった1990年1月の大阪国際女子マラソンでいきなり2時間32分51秒の走りを見せ、6位入賞を果たす。才能を開花させると、その後も着実に記録を更新。92年バルセロナ五輪女子マラソンの代表選考を巡っては大きな騒動となったが、“3人目”として日の丸をつけて走ることに。本番では批判や中傷など様々な声を吹き飛ばす快走を見せ、銀メダルを獲得した。

「メダルを獲れたことは、もう奇跡でした。足も痛かったんですが、実はレース当日にコンタクトレンズを片方、流してしまい、片目がほとんど見えない状態だったんです。そのことにとらわれて、足が痛いことを忘れてしまいました。それにレース中も不思議なことに、ぼんやりとしか見えないはずなのに、ロードや給水、サグラダ・ファミリアや沿道で応援してくれた地元のおばあちゃんの顔までハッキリ見えたんです。その頃の日本の女子陸上界は、入賞はおろか、海外の選手と競えること自体、夢みたいな状況でした。そういうなかで必死に戦うしかなかったのですが、陸上で生きていこうと頑張った先にメダルがあったんです」

 無我夢中で戦い、銀メダルを獲得した。世界と戦える自信を得たことで、有森は「もっと強くなりたい」と思うようになっていた。

「金メダルを獲ったエゴロワが私のスパートをものともせず、瀬古(利彦)さんの女性版のようにブレの無い安定感のある走りで前へ行った姿を見た時、『私には何が足りないのだろう』『もっと強くなりたい』と思ったんです。それから五輪に対する意識も変わりました。五輪は、最終目標ではない。『ホップ・ステップ・ジャンプ』で言えばステップであり、通過点。人生においてはステップをどう生きるかが、大きなジャンプに繋がっていく。そのためには次の五輪が重要になる。アトランタ五輪で活躍するためには、全力で生き抜いて頑張っていかないといけないと改めて思いました」

 アトランタ五輪までの4年間、強くなるためにはどんな練習をしていけばいいのか――有森はそのことで頭がいっぱいになった。だが、帰国すると小出監督から「次は駅伝な」と、当たり前のように言葉をかけられたことにショックを受けた。実業団にいる限りは、会社の方針や監督の指示に従うのは当然だが、まったく期待されていないなかで銀メダルを勝ち取ったのだ。次の五輪に向けて戦うのが当然であり、その覚悟を決めた自分の意欲を理解してもらえない悲しさを感じた。

「メダルを獲ったことで私自身、勘違いしたところもありましたし、人間的に未熟だったのもありますが、五輪で結果を残したわけです。とにかくマラソンが強くなるための挑戦がしたかったので、なぜ駅伝に戻らないといけないのか、という気持ちが強かったんです」

 そこから有森の身に、“負の波”が押し寄せる。

 小出監督が事情によって現場を離れ、自ら強化を考えなくてはならなくなり、独自にウエイトトレーニングを始めたいと要望を出した。当時はまだ選手側の要望がわがままと捉えられる風潮があり、「あいつは……」という声が聞こえてくるようになる。それでも有森は気にせず、強くなるためにトレーニングを続け、3か月ほど経過した後、復帰した監督から「何、勝手なことをしている。チームに戻り、一緒の駅伝の練習に参加しなさい」と言われた。

 納得できず、気持ちに疑問を持ちながら練習をしていると、今度は両足に異変が起き、足底筋膜炎を発症。それも「気持ちが弱いからだ」と言われ、メンタルもテンションもガタ落ちし、痛みで走ることができなくなってしまった。

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佐藤 俊

1963年生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、出版社勤務を経て1993年にフリーランスとして独立。W杯や五輪を現地取材するなどサッカーを中心に追いながら、大学駅伝などの陸上競技や卓球、伝統芸能まで幅広く執筆する。『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『学ぶ人 宮本恒靖』(文藝春秋)、『越境フットボーラー』(角川書店)、『箱根奪取』(集英社)など著書多数。2019年からは自ら本格的にマラソンを始め、記録更新を追い求めている。

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