川口能活×中村俊輔vol.2 能活が俊輔に感じた高校時代の覚悟「だから今の俊がある」
「炎の守護神」と呼ばれた希代の名GK川口能活(SC相模原)と日本サッカーを代表する天才ファンタジスタ・中村俊輔(ジュビロ磐田)。Jリーグの横浜マリノス(現横浜F・マリノス)で共闘し、長く支えた日本代表でも揃ってW杯に出場した2人の豪華対談が「THE ANSWER」で初めて実現し、4回にわたって互いのサッカー人生について語り尽くした。
2人が語る「高校サッカー」の思い出…中村が川口に感じた「常勝チーム」との差
「炎の守護神」と呼ばれた希代の名GK川口能活(SC相模原)と日本サッカーを代表する天才ファンタジスタ・中村俊輔(ジュビロ磐田)。Jリーグの横浜マリノス(現横浜F・マリノス)で共闘し、長く支えた日本代表でも揃ってW杯に出場した2人の豪華対談が「THE ANSWER」で初めて実現し、4回にわたって互いのサッカー人生について語り尽くした。
【第1回】川口能活×中村俊輔が初対談 「天狗」になった“あの時代”から学んだこと
【第3回】川口能活×中村俊輔vol.3 ありすぎて難航? 2人が選ぶ「互いのプレーベスト3」
【第4回】川口能活×中村俊輔vol.4 今、考える“引き際”「いらないと言われるまで現役で」
現在、4強が出そろい、佳境に突入した全国高校サッカー選手権に出場経験を持つ2人。「レジェンド対談第2回」は、名門・清水商(現・清水桜が丘=静岡)出身の川口、当時は新興校だった桐光学園(神奈川)出身の中村が高校サッカーを振り返り、選手権の思い出のほか、プロを目指していた当時のサッカー論について考えを交わした。
――年末年始のサッカー界のビッグイベントといえば高校選手権。2人とも選手権本大会に出場していますが、当時の思い出を聞かせてください。
川口「今でこそ静岡県代表も(東京2校を含む)48都道府県の一つ、という立場ですが、僕らの時代は静岡県代表=高校サッカー界を牽引する存在でした。しかも、僕が通っていた清商(清水商)は県内でも常に優勝候補筆頭。県大会では常勝校として、全国大会では静岡代表として、常に“勝たなければいけない”プレッシャーがありました」
中村「僕の高校(桐光学園)は、まず選手権本大会出場が目標。神奈川県っていつも激戦なんです。高校サッカー部のほか、マリノスやヴェルディなどのクラブチームもあるので、どうしてもいい選手が分散してしまう。当時も上位校の力が接近していたので、2年時に県代表になったときはうれしかったなぁ」
川口「静岡も力が分散しがちだけど、たまたま僕の代は、いい選手が清商と藤枝東の2校に集中していた。だから、3年生のときの県内での決勝はいつも清商対藤枝東でしたね。3年生のとき、清商は公式戦で2試合しか負けないほど強かった。それでも選手権で優勝した瞬間は、プレッシャーから解放され、うれしさよりもホッとする気持ちのほうが勝った。3年間、日本一を目標にやってきたから、最高の終わり方ができて本当に良かった」