学生アスリートと就活 「100メートル10秒台で走れます」は本当に仕事に生きないのか
「今」が充実している学生アスリートは不確実な「未来」に時間を割きたくない
――言うのは簡単でも、やるのは難しいことですね。
「ちょっと話は逸れますが、それが良い悪いではなく、アスリートの場合は引退後に保険の営業職をする人が多いです。なぜかというと、自分がやってきたスポーツとリンクしやすいからだと思います。自分が築いてきた人脈を使えて、足をガンガン使って営業をかけて、取った分が自分のフィーになる。それはスポーツで勝ち取ってきたものと似ていて、自分が頑張った分そのまま成果に直結するんですよね。
『ああ、俺って一生懸命練習して野球やサッカーで結果が出たな』と置き換えられるから割と始めやすいのかなと。特にスポーツ界で培った人脈は授業を一緒に受けていただけの友達よりグリップ力が強い。『コイツなら、お願いしてもいいかな』と思ってしまいがちです。ただそれがうまくいかなくなると、次第に顧客のための営業じゃなく、自分のための営業になってしまうんですよね。僕の知り合いはそれで信頼を失ってしまって疲弊して何人も辞めています」
――営業職のあり方にも共通する話ですね。
「良いものを売る時って、自分のためにじゃなく、純粋に相手のために勧めたいじゃないですか。僕らの生活でも好きなアーティストがいたり、美味しいお店があったりするから、『これ、良い曲だから』『この店、美味しいよ』と相手に勧めます。本当に良いかどうか分からないものなら、メリットが『自分』に寄ってしまって『相手』に伝わらないんですよね。それが悪いというわけではなく、本質がずれてしまうんだと思います。
なので、この話を学生に置き換えるにしても、4年間、競技でも勉強でもいい。一般学生なら、サークルでもアルバイトでもいい。何を学んだ4年間だったのかを振り返って考えて、紙に書いてみるのが、本当の最初の一歩になると思います。本当に毎日が楽しくて、そのノリだけで、競技をずーっとやっているけど、振り返ってみると『何やってきたんだっけ?』と分からない人は意外と多いんですよね」
――私は東京六大学でマスコミ志望の一般学生でしたが、例えば、六大学野球で神宮でプレーしたような体育会学生と一緒に就活したら敵わないと思っていました。でも、一緒に就活をしてみると「神宮でホームラン打ちました」という実績は、話題にはなっても評価になるわけではなく、難しさを感じている学生もいました。21、22歳という年齢で、どうやって「結果」ではなく「過程」に価値を見つけ出せばいいでしょうか。
「それができたら本当にすごいと思います。僕の体験から言うと、めちゃくちゃ難しいです。例えば、六大学野球で活躍したら『活躍している自分』を自覚しているので、今が充実していると、社会に出てから上手くいくかどうか分からない未来に時間を使いたくないんですよね。今が良いから、それがメインとなって競技生活が終わってから考えようくらいに思っている。それは僕自身もそうでした。
僕は30歳で引退すると決めていて、次のキャリアで何ができるか準備してきたつもりだったんですが、結局、蓋を開けて社会に出ると何もないじゃんと気づいたんです。あれだけ毎日オリンピックに出たい、速くなりたい、強くなりたいと思っていた自分が全く違う自分になってしまうので、何を目指して生きて行けばいいんだろうと、それに一番悩んでしまいました」