日本女子マラソンに新星「かわいいし、速いし…」 高橋、野口、渋井ら歓喜 矢田みくに「20分切り」の価値
大阪に日本女子マラソンの歴史があった。26歳・矢田みくに(エディオン)が2時間19分57秒で日本人トップの4位に入った25日の大阪国際女子マラソン。発着の大阪・ヤンマースタジアム長居にレジェンドたちが集結した。40年あまりの女子マラソンの歴史を支えてきた名ランナーたちも、新星の登場を喜んだ。

大阪国際女子マラソン
大阪に日本女子マラソンの歴史があった。26歳・矢田みくに(エディオン)が2時間19分57秒で日本人トップの4位に入った25日の大阪国際女子マラソン。発着の大阪・ヤンマースタジアム長居にレジェンドたちが集結した。40年あまりの女子マラソンの歴史を支えてきた名ランナーたちも、新星の登場を喜んだ。
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会見場後方の席に、豪華な顔ぶれがあった。2000年シドニー五輪金メダルの高橋尚子さん(53)、04年アテネ五輪で優勝した野口みずきさん(47)、1992年バルセロナ、96年アトランタ五輪連続メダルで日本陸連会長の有森裕子さん(59)……。いずれもテレビ放送の解説などで、マラソン大会では珍しい光景ではないが、それでも存在感は抜群だ。
パリ五輪で陸上競技のトリを飾った女子マラソンだが、五輪での歴史は意外と浅い。1896年の第1回アテネ大会から行われている男子に対し、女子は1984年ロサンゼルス大会から。今では考えられないが、70年代までは「長距離は身体的な負担が大きく、女子にマラソンは危険」と禁じられていたのだ。
日本陸連が女子を正式に競技として認めたのが80年。男子では瀬古利彦や茂と猛の宗兄弟が世界的に活躍していた頃だ。そんな黎明期の女子マラソンを引っ張ったのが、この日配信の解説を担当した増田明美さん(62)。今では「細かすぎる解説者」として有名だが、当時は佐々木七恵さん(故人)とともに女子長距離の牽引車となり、ロス五輪に出場した。
増田さんが保持していた当時の日本記録は2時間30分30秒。その後、日本の女子マラソンは急激に進化する。88年には宮原美佐子が大阪で2時間29分37秒と増田の記録を更新。89年には小島和恵が2時間29分23秒に短縮し、91年の大阪で有森が2時間28分01秒を出す。小鴨由水、安部友恵、朝比奈三代子らが次々と更新し、98年には高橋が2時間25分48秒まで伸ばした。
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