家族に漏らした「帰りたい」 世代No.1の看板も挫折…苦悩の末に見た箱根駅伝アンカーの絶景――青学大・折田壮太
第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)の復路は3日、箱根・芦ノ湖~東京・大手町の5区間109.6キロで行われ、青学大が3年連続9度目の総合優勝を果たした。同一チームによる2度目の3連覇は史上初。アンカーの折田壮太(2年)は、1時間7分59秒で区間2位だった。世代No.1ランナーと期待されて、始まった大学生活。数多くの苦悩を超えた先には、最高の景色が待っていた。

第102回箱根駅伝
第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)の復路は3日、箱根・芦ノ湖~東京・大手町の5区間109.6キロで行われ、青学大が3年連続9度目の総合優勝を果たした。同一チームによる2度目の3連覇は史上初。アンカーの折田壮太(2年)は、1時間7分59秒で区間2位だった。世代No.1ランナーと期待されて、始まった大学生活。数多くの苦悩を超えた先には、最高の景色が待っていた。
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チームメートの姿が見えた。大歓声を浴びた折田は、力強い足取りで最後の直線を駆ける。右手は3連覇の「3」、左手は来年目指す4連覇の「4」。合わせると、昨年他界した先輩・皆渡星七さんの「7」になるようにしてゴールテープを切った。仲間の元へ飛び込み、「生きてきた中で、最高の経験だった。この2年間が報われたと思う」と言葉を紡いだ。
苦しい日々を乗り越えてきた。
兵庫・須磨学園高3年時には、全国高校駅伝1区で当時の日本人最高記録をマーク。スーパールーキーの肩書を背負い、青学大へ進学した。ただ、1年時の夏合宿で故障し、継続的に練習が積めず。全日本大学駅伝に出走するも、箱根駅伝には出られなかった。今季は出雲駅伝に出場し、2区区間10位。チームも7位に沈んだ。
「苦しかったことは数えきれない」と本音を明かす。常にポジティブに取り組んできたが、想定した走りができない自分に虚しさを抱き、家族には「帰りたい」と伝えたこともある。折れそうな心を救ったのは、仲間や夢舞台の存在だった。
「上手くいかない時もチームはいつも通り動いている。当たり前が続くことに救われた。箱根駅伝を最大目標にしているチームだからこそ、良い時も、悪い時も『箱根駅伝がある』と思えたのかなと思う」
11月のMARCH対抗戦で27分43秒92の好記録をマーク。辿り着いた初の夢舞台には、最高の景色が広がっていた。
「絶え間なく続く応援。ラスト3キロに入った時に聞こえる、応援団のラッパや太鼓。ゴールテープが見えて、その奥に待つチームメート。どれもこれも、心が揺らぐような宝物です」
仲間と味わった歓喜は、未来への号砲でもある。「ゴールテープを切って、またスタートラインに戻ってこられたのかなと思う。史上初を増やせるように、チーム青山で頑張りたい」。まだ見ぬ景色を求め、折田は走り続ける。
(THE ANSWER編集部・山野邊 佳穂 / Kaho Yamanobe)
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