壊された固定観念「なぜ審判は笛を?」 目指す世界一、日本で広めたい「耳が聴こえない人」のラグビー
日本のプレースタイルは健常者15人制「超速ラグビー」とは異なり…
気になる日本チームのプレースタイルだが、これは15人制、7人制日本代表などとは大きく異なるものもあるという。健常者の代表は、15人制代表のエディー・ジョーンズHCが唱える「超速ラグビー」も含めて伝統的に、積極的にボールを動かし、スピードを武器にしたスタイルを踏襲してきた。これは海外強豪とのサイズやフィジカリティーの差も踏まえて、強みを速さに求めているからだ。だが、デフチームの場合は様相が違っている。
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「最初にHCを始める時は、それ(スピード重視のスタイル)だと思っていました。僕の感覚としては、パスを回せば絶対にトライ出来ると。でも、スキルの問題もあり、なかなかそうはならなかった。それよりも、ここ数年で結構大きな選手が集まってきたんですね。彼らは、実はぶつかるのが大好きなんです。コンタクトスポーツをずっとやらせてもらえなかった人も多いですが、ラグビーをやりたいと思って集まってきているので、体を当てたいという選手もいるんです。実際に体の強さを生かしてトライもしている。なので、勝負したい時は行っていいという判断もしているんです」
すこし予想外のスタイルではあるが、そこには日本が他国以上に、相手のプレーを分析した緻密なサインプレーも導入してることが影響している。実際の国際試合の映像を見ると、日本が敵陣ゴール前のスクラムで、アタックすると想定される方向と逆サイドに攻めてトライをマークするサインプレーを使っていたが、柴谷はこう説明する。
「このトライについては、事前に、日本のあるポジションの選手がすこしだけ動いたら、相手の選手が必ず引き付けられると分析していました。そうしたら、逆サイドを突けば簡単にトライできる。こういう細かなサインプレーは、他の代表チームはそこまでやってこない。なのでスクラムやラインアウトからのアタックはかなり武器になる。さらに得点出来るように取り組んでいきたい」
他国の代表チームがまだ取り組んでいない緻密な分析やサインプレーを日本が使っているのも、JRFUから派遣されたコーチ陣のアドバイスに加えて、柴谷が東芝、日野で磨いた分析スキル、そして吸収したトップレベルの戦術なども大きく影響している。FW周辺の戦いで、サインプレーとフィジカル勝負も大好きなメンバーを生かしたアタックを1年をかけて磨き込めば、上位国に対しても強みになる期待感が高まる。
そして、勝利と同等にデフラグビー日本代表にとって重要な使命がある。代表というチームの性格上、その実戦の大半が海外のトーナメントだ。1年後の世界大会は、最高峰を争うステージであるのと同時に、もう一つの大舞台だと柴谷は断言する。
「自分たちがやっている姿を、家族やお世話になっている人に見せる。日本で、そういう機会がなかった。僕らにとっては、皆さんに、そしてスポンサーになっていただいている方たちにも、自分たちのプレーする姿を見ていただくための、すごくいい機会なのです」
注目度の高い15人制日本代表、4年に1度のオリンピックで注目される7人制代表なら、名立たる国内企業がスポンサーに手を挙げるが、デフラグビーが支援を受けるのは容易ではない。その中で、理解を示し応援を続けてきた企業、関係者の目の前で、選手たちが全力を尽くすこと、結果を残すことの意味と価値は、柴谷だけではなく連盟の誰もが強く認識している。
前編でも紹介したように、柴谷が世界大会で目指すのは世界一と同時に、『誰一人阻害されないチーム』という理念をチームに植え付け、外へも発信していくことだ。1年後の夢舞台をそのショーケースに出来れば、多くの人にデフラグビーの魅力を伝え、未来への可能性も広がっていく。
「大会の後も大事になる。大会までは選手も連盟も関係者も皆頑張るはずです。でも、そこで終わってしまわないようにしないといけない。頑張っている選手を引き続き成長させる環境を残していきたいし、後は日本開催で注目が集まれば、そのタイミングでユースのチームを立ち上げたい。今も何人か、ここに、こんな耳が聞こえない子がやっているという情報はあるんです。ユース世代の子供たちを日本中から集めるのは難しいですが、世界大会が終わった段階で一度手話での指導をするとか、デフラグビーでプレーするためのプログラムを渡すことが出来ればいいなと考えています」
柴谷の頭の中で、グラウンド内外でのデフラグビーの未来図はさらに広がり続けている。新たなステージにこの競技を引き上げるための突破口と期待が高まるのが、来年の世界大会だ。社会の中でまだ十分な市民権を得ているとはいえないデフラグビーにとって、その理念を持ち続けながら頂点を目指して戦う夢舞台まであと1年。“静かなる勇者”の挑戦が続く。
(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
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