「目覚めると皆が口パクで…」 襲った異変、聴こえぬ音…“もう一つのラグビー日本代表”の挑戦

日本代表の実力は「世界の7位前後」 最強と目されるのはウェールズ
では、その日本代表の実力はどうだろうか。日本は2002年にニュージーランドで初めて行われた世界大会(7人制)に参加して、開催国を倒すなどして準優勝に輝いている。その後は資金難や主催団体の問題などにより世界規模の大会は長らく実現しなかったが、WDRが2018年に第1回7人制デフラグビー世界大会(オーストラリア)を開催。日本は4位に食い込み、23年のアルゼンチン大会で7位というのが国際大会での成績だ。
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柴谷は「世界の実力を見ると一番上がウェールズ、そしてイングランド、オーストラリアという国がトップグループ。次にフィジー、南アフリカがいて、ニュージーランドは聴力レベルの規定などの理由で今は大会に参加していないが、来年は来るかもしれない。そこに日本がいて、世界の7位前後というところでしょうか」と世界の勢力図を説明する。現行の「世界大会」ではトップ4が最高位の日本だが、1年後のホスト大会へ向けて強化を加速させる。
「これまでは週末を利用した月1回の合宿を行ってきましたが、10月末からは平日夜の練習が出来るようにしています。今年は秋に3回の強化合宿を組んでいますが、本格的な代表としての強化は来年2月から。ここからは週末以外のウイークデーや連休を利用したりしながらギアを上げていきたい」
最強と目されているウェールズは18年、23年と大会連覇を遂げているが、世界の勢力図にはデフならではの伏線があるという。一般的には、ウェールズを始めとするヨーロッパのチームは、参加資格のハードルが低く「ろう者」と共に「難聴者」レベルの選手もメンバーに選ばれているという。対してオーストラリア、フィジーなどの南半球諸国や日本はろう者中心の編成だ。
「でも我々は、より聴力が低い、聞こえない人に合わせるというのがベースです。障害者スポーツというか、ラグビーで僕らがもし聞こえる人に合わせてしまえば、聞こえない人に対しては情報が保証されないことになる。なので聞こえない人に合わせていきます」
柴谷はこう自分たちの“基準”を説明するが、一方でヨーロッパのある代表チームでは、選手の多くが日常は一般のクラブで普通にプレーしているレベルだとも言われている。そのような状況を踏まえて、この先は国際大会などで新たな統一規定を設けようという声もあるという。来年の世界大会も現状では選手規定が未定だが、日本にとっては、規約を見直す契機にしたいという思惑もある。
大学までは聴力障害とは無縁でラグビーを続け、その後デフラグビーでプレーしてきた柴谷だが、コーチとして自分と同じような難聴者レベルの選手、さらに聴力が低い選手たちを指導する上で重視していることがある。
「来年の大会もそうだが、代表チームが大切にしているのは『誰一人阻害されないチーム』です。聴覚障害者というのは“コミュニケーションの障害”といわれています。単なる体の一器官の障害ではなくて、コミュニケーションが取れなくなることによる影響が非常に大きいのです。見た目上はわかりづらく、どれくらい聞こえないかというのも人それぞれです。レストランのような大人数の環境だと聴こえ辛かったりするので、そういう環境では聴こえている振りをしたり、わかっていないのにわかった振りをしてしまう。そんなことは僕もあるのですけれど、職場とかで非常に疎外感を持ったり、孤立してしまう人も多いんです。それはスポーツチームでも同じです。なので、僕たちのチームに入って来たら、そんなことにならないようにしたい。聞こえないことやコミュニケーションを上手く取れないことで選手が不利な状況にならないようにしなくちゃいけない。そう考えています」
誰一人阻害されないチーム――。その実現のために柴谷は“心理的安全性”という考え方を重視している。これは組織マネジメントなどで用いられるものだが、グループ内で個々のメンバーが遠慮や忖度をせずに思ったこと、理解していることを率直に話し、考え方や判断を共有することが、より質の高いコミュニケーション力を持ったグループや社会を作り上げるためには必要だという考え方だ。柴谷は8月に都内で行われたデフラグビーに関わるセミナーで、こんな経験を引き合いに出している。
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