「目覚めると皆が口パクで…」 襲った異変、聴こえぬ音…“もう一つのラグビー日本代表”の挑戦
デフラグビーの選手に備わっている特別な能力「視覚情報を見分けるのに…」
この社会的感受性にも繋がるものだが、デフラグビー選手には特別な能力が備わっている。柴谷は、こんな経験談を話している。
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「対戦相手の情報収集のために、フィジー代表に新しい選手が入ってきているのかを知ろうと考えました。そのため、分析をやりたいという選手にSNSなどを使って5年程前とメンバーが変わっているのかチェックしてもらったんです。そうしたら、この選手は『ほとんど同じです』と言うんですが、僕がフィジーチームの動画を見ても誰が誰だか全く判別出来ない。でも、結果としては彼が話したようにほぼ変わらないメンバーだった。デフの選手は、視覚情報を見分けるのにすごく長けているんです」
聴力が低いことは、ラグビーをするにはマイナス面もあるが、他の能力を高めてもいる。我々が日常に視聴覚を駆使して周囲の情報を得ているのに対して、聴覚障害者は視覚に頼りながら情報を集めている。そのため相手の表情やしぐさを読み取る能力が発達して、ラグビーでもゲーム中に目の前で繰り広げられている現象の中から視覚情報を得る力が優れていると考えられている。この“見る力”をさらに戦術面に生かすことが出来れば、デフラグビー自体の可能性もさらに広がりそうだ。
柴谷は講演会で、コミュニケーションを高めることによるチーム作りを、さらにこう踏み込んで訴える。
「まず聞こえる度合いが大きな問題ですけれど、基本的には、より聞こえない人に合わせるというのがベースです。障害者スポーツというか僕らの場合は、聞こえる人に合わせれば、聞こえない人が情報保証されないことになる。なので後者に合わせます。デフラグビーチームとして活動するために、相互理解や情報保証により関係性を強めていくことが大事だと考え、そこからスタートしたのですが、結果的にすごく良かったと思っています。ダニエル・キム(マサチューセッツ工科大=MIT)という学者がいて、ビジネスで時々使われるのですが“成功循環サイクル(モデル)”というものを提唱しています。
彼の著書には、最初に関係性の質を高めていく、互いに尊重して結果を共有しながら一緒に考えていくことが重要だと唱えています。それがベースとしてあれば、思考の質が高まり、そして行動の質も高まっていく。で、最後に結果の質が高まる。こういうサイクルが、いま必要だという考え方です。では、悪いサイクルはどんなものか。先ず最初に結果を求める。それをやると、対立や押しつけ、命令が生じて関係性の質が悪くなる。そうなると皆受け身になってしまい、自分で考えなくなるのです。そうなると行動も結果も更に悪いものになる。僕もたまたまこれを知って、関係性の質を高めてきたのですが、それが良かったと思います」
多くのビジネス、心理学の書籍、考え方からチーム作りや強化のヒントを旺盛に吸収している柴谷だが、この“成功循環サイクル”には「いま」という時代も反映している。
「40年前の工業化社会の組織なら、取り敢えずいい製品をどんどん作れば良かった。なので、手続きを覚えることが一番大事だと言われてきた。でも今はそうじゃなくて、知識社会に変化しています。どんどん新しいアイデアが必要になってきていて、そのためには何でも言える環境が重要になる。なので、この成功循環サイクルは、まず関係性の質を高めることが大切になるのですが、障害者スポーツに関しては選手と指導者で全く視点が違うとしたらどうでしょうか。僕の場合なら難聴者なので、ろう者と視点が異なるのであれば、選手から何かを言ってもらわないと分からないことも多い。そういう意味でも意見を自由に言える環境、そういう関係性を作っていって、こちら側ではこちら側で想像力も働かせながら、選手主導のチーム作りをやっていきたいなと考えています」
話を聞く中で感じるのは、自らの学びと選手との繋がりを築きながら、真摯にチーム、個々の選手に向き合おうとする指導者の姿だ。そして、様々な手法で試行錯誤を繰り返しながらコミュニケーションを深めていく作業が、チームを一つに結び付けるための絆を作り上げている。その一方で、これだけデフラグビーの中で選手、指導者としてのキャリアを積んできた柴谷だが、未だにろう者側に立った視点で考えることには学びも多いという。
(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
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