「目覚めると皆が口パクで…」 襲った異変、聴こえぬ音…“もう一つのラグビー日本代表”の挑戦
重要となるのは心理的安全性と社会的感受性の高さ
「5年ほど前に、僕が所属する日野が提携していたクルセイダーズ(ニュージーランド=NZ)に勉強しに行ったときの事です。スコット・ロバートソンHC(現NZ代表HC)がミーティングで、こんなことをしていたんです。集まった選手たちに、最近何か面白いことがあったら隣の選手とシェアしてみてと話していた。それは面白い事でも、昨日の夜に何をしたかでもいいんだと。これ、何かあるなと思いました。そこで、僕も真似してデフチームでも、アカデミーで教えている子供たちにもやっているんです」
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たわいもないチームの活動の一コマのようでもあるが、柴谷がそこから読み取ったのが心理的安全性だった。これはロバートソンだけではなく、以前視察したクボタスピアーズ船橋・東京ベイでも、フラン・ルディケHCが同じような“対話”の時間を設けていたという。
「よくビジネス用語で出てくるんですけれど、この言葉は、組織の中で自分の意見だったり、考えを自由にしていいんだという感覚を最初に皆に植え付けよう、与えようとするためにやっていると僕は考えています。心がけているのは一方的に教えるのではなく、彼らの考えを聞くことです。これは書籍から持ってきたものですが、心理的安全性を確保するために一番重要なのは、均等な発言機会を与えることです。なので、誰か一人リーダーがずっと質問するのではなくて、全員に話してもらう。そうすると、自分はここにいてもいいんだ、どんどん発言していいんだなと感じることが出来るのです」
日常でも、組織内のコミュニケーションや相互理解が難しい時代だ。その中で、柴谷たちは聴覚の影響でさらに困難さがあるデフチームで、より高いレベルの意思疎通を図ろうとしている。月1回程度と限られた合宿でも、コーチが一方的に話さないようにしている。選手が全国各地から集まることを配慮して“お見合いパーティー”といったイベントを行い、手話が苦手な選手でも必ず通訳抜きの1対1でコミュニケーションを深める機会を設けたり、合宿のない時には文字情報も交えたオンラインを使ったミーティングも積極的に導入しているという。このような“聴こえない選手”への眼差しは、デフラグビーを取り巻く現実の中で、どう選手たちと向き合っていくのかという立ち位置をさらに鮮明にしている。
「海外のチームだと、実際は結構聞こえている選手もいます。勿論ルール上は違法じゃない。でもそういう選手を使えば、聞こえない選手は試合に出られない。だから、僕らはそれはやりません。日本も、僕らが選手時代には半分くらいは“聞こえる選手”だったが、それじゃ上手くいかないし、意味がないと考えています。なので、これは情報保証というものですけれど、僕らはデフラグビーとして活動している時は必ずチームに手話通訳を付けて、見える形にしています。遠征の時のスタッフは通常6人ですが、ヘッドコーチ、トレーナー、そしてマネジャーと広報が1人ずついて、手話通訳は2人付けています。1人だと、怪我人に付き添ったりしたらいなくなりますから。コーチよりも通訳が多い。でも、僕らは必ずそうしています」
“コミュニケーションの障害”と言われているからこそ、障害を取り除くための環境作りを充実させる。そのためには、心理的安定性と並んで重要なものがあるという。
「もう一つは、社会的感受性の高さです。これは周りの人の心理状態とか感情を読み取る、理解することで、非常に難しいんですね。こういう感受性がある組織というのは、すごく生産性が高くて、スポーツチームでいえば結果を出せると言われています。そういうことを今のチームで目指しているのです」
普段チームの取材、選手のインタビューをしていても、一部のリーダーシップを持つ選手とのやり取りで感じられるのは感受性の高さだ。自分の発した言葉が、相手や仲間、取材する側にどんなことを思わせるのか、どんなメッセージになるのか。柴谷の話を聞きながら、刻々と進む質疑応答の中でこんな判断をしながら言葉を選ぶ何人かの選手の顔を思い浮かべていた。
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