ラグビー現役引退「正直、他の世界に…」 リーグワン連覇「CC」の転換、南北半球の“海外行脚”で学んで強化に還元
東芝ブレイブルーパス東京のラグビー・リーグワン連覇を支えた森田佳寿(よしかず)コーチングコーディネーター(CC)の単独インタビュー。前編では、BL東京が昨季いかに戦ってきたか、チームの成長と強さの源泉を、シーズンを辿りながら聞いた。後編では、36歳の若きCCが現役引退から現職に至った経緯や、CC、アシスタントコーチとしての自身をどうアップデートしながら、チーム強化を進めてきたのかを聞いた。(前後編の後編、取材・文=吉田 宏)

リーグワン王者・東芝ブレイブルーパス東京 森田佳寿CCインタビュー後編
東芝ブレイブルーパス東京のラグビー・リーグワン連覇を支えた森田佳寿(よしかず)コーチングコーディネーター(CC)の単独インタビュー。前編では、BL東京が昨季いかに戦ってきたか、チームの成長と強さの源泉を、シーズンを辿りながら聞いた。後編では、36歳の若きCCが現役引退から現職に至った経緯や、CC、アシスタントコーチとしての自身をどうアップデートしながら、チーム強化を進めてきたのかを聞いた。(前後編の後編、取材・文=吉田 宏)
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今やチームに欠かせない存在にもなった森田CCだが、現役引退後のシナリオは、チーム残留どころかラグビー自体から離れるつもりだった。
「正直いいますと、現役引退後は他の世界に行こうと思っていました。学校の先生じゃないですけれど、教育関係の仕事をしている知り合いの会社があったんです。現役の時からすこし一緒に仕事もさせてもらっていて魅力も感じていたので、そこで働こうかなと色々な話も進めていたんです」
選手生活にピリオドを打つことを決めた大きな理由は、度重なる怪我だった。現役時代のサイズは173cm、85kg。決して大型選手ではなかった。そのサイズで、帝京大時代からSOながら体を張ったプレーも厭わずハイレベルのラグビーに挑んできたが、大型化、大量の外国出身選手の流入でフィジカルストレングスが高まっていったトップリーグ(当時)で、怪我や脳震盪に苛まれるシーズンが続いていた。
「脳震盪で9か月くらい休んだ時期があったんです。で、リハビリして復帰して、でもまた脳震盪になってしまったり。僕の場合、選手としてはものすごく器用なタイプじゃなかった。ただ時間をかければ必要なプレーは出来たので、トップリーグの中でもプレーを続けて来られました。でも、怪我が重なったことで、時間を充分にかけられなくなった。そうなると、そのまま選手を続けていくのかということも考えるようになってきた。脳震盪もありましたから、そのリスクと、時間をかけていくべきじゃないのではないかと考えたときに、教育関係の仕事の話があった。このタイミングじゃないかと思ったんです」
そんな当初の軌道がラグビーへと方向転換したのは、学生時代から常に合理的に物事を進めるタイプの森田らしくない“直感”と言ってもいいような、説明のつかない理由だった。
「自分は出場していなかったのですが、(現役での)最後の数試合で、何か引っかかるものがあったんです。実は今もその気持ちが何だったのか分からないんです。けれども、ここで離れるのは違うなと思うようになった。当時チームを率いていた瀬川さん(智広=元監督/GM、現摂南大学監督)からは、プレーイングコーチでも引退してコーチ専念でも、とにかく残って欲しいというオファーは頂いていた。なので、その引っ掛かりがあったので、こっちの道に残ったのです」
花園常連の奈良・御所工(現御所実)高から帝京大学入りして、沈着冷静な司令塔として活躍。最終学年では主将として大学選手3連覇を果たした。帝京大時代の取材でも高いラグビー理解力を感じさせた森田にとっては、コーチ業は適職ではあったはずだ。
「最初は3シーズン、アタックコーチだけしていたんです。そこから3年前にCCになった時に、これまでの形に、チームを何かより良く出来るものはないかと考えたんです」
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