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私は絵になりたかった「日本には逃げ場がない」 努力重視の国でアスリートが闘わされる他人の欲求【田中希実の考えごと】

メトロポリタン美術館の前を笑顔で走る田中【写真:本人提供】
メトロポリタン美術館の前を笑顔で走る田中【写真:本人提供】

ランナーでいることは恐怖に晒され続けること

 話が逸れてしまったが、とにかく私は、そんな訳もあって、蕗谷虹児の絵になりたかった時がある、ということだ。もう何をするのも怖いから何もしたくない、ということだ。そして絵になりたいと思っていた頃と比べると、今すぐ絵になったとしても、もう少女と言える年齢ではなくなっている、ということだ。

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 だから私は絵になることは諦めて、やっぱりランナーとして生きる事を望むが、永遠にランナーでいること、そして生きることは、こうして恐怖に晒され続け、こうして何かを諦め続けなければならないということだ。

 さて、散々結果と結びつくランニングをあげつらってしまったので、ランニングカルチャーの楽しさに逃げ込むとしよう。

 今回はミルローズという、100年以上の歴史を誇るインドアレースに出場するためにニューヨークに来ていたわけだが、ニューヨークには、5thAveマイルという9月のロードマイルの大会で走るためにもよく来る。

 日本でロードレースといえばマラソンか駅伝と相場が決まっていて、その他の種目はおまけのような認識だろうが、5thAveマイルのすごいところは1マイル(約1.6キロ)だけで成り立っている大会であり、トップ選手のトラックと同じようなスピード感を路上で味わおうと、半世紀ほども前に創設されたものであることだ。現在は多くの市民ランナーも参加でき、ロードマイルを世界的に普及させるきっかけとなった大会こそが5thAveマイルとも言える。

 ニューヨークの目抜き通り、5th Avenueを、ワンウェイでずどんと駆け抜ける。

 あらゆるレベルの老若男女が何組にも分かれて、どんどんスタートしていき、1マイル先のフィニッシュ地点から、のんびり歩いてスタートに戻りながら、次の組の走者を応援する。そのため、最終組を走るエリートたちは、自分たちより前に走った多くのロードマイラーたちに祝福されながら走り抜けることができる。

 応援者参加型と言うべきか、参加者応援型と言うべきか、アメリカは一事が万事こんな感じなのだ。

 5thAveは下り基調のコースのため、タイムは公認されない。それでも毎年、歴史あるこの大会を好んで走るエリートランナーが多くいる。一般参加の人たちは、1マイルと短いので、最初から最後まで全身全霊で走ってみる人もいれば、大した練習はせず気楽に走ってみる人もいる。

 みんな、1マイルという同じ距離の中で、経験を通して共感し、繋がっていく。

 走ることが楽しいというただそれだけを出発点として、ここまで幅広い層が集うのはアメリカならではだろうが、その中でみんな自分に合った楽しみ方を探り、知っていくのだろう。

 世界陸上、オリンピック、ダイヤモンドリーグといった高いレベルのレースはエリートのためだけのものだが、このように楽しいを出発点として、そのレベルに到達した人たちだからか、結果のために自分の気持ちを殺すということはないし、それでいて結果を出したいという自分の気持ちに、常に正直で純粋だ。だから私も参加して居心地がいい。

 スポーツは気分転換を語源とするくらいだからもちろん楽しくていい訳だし、現実逃避の手段でさえある。しかし、ランニングカルチャーにこうまで逃避してしまうと、現実への回帰は当然訪れる。

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田中 希実

 1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。公式インスタグラムは「@nozomi_tanaka_official

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