ビデオ判定が増える日本ラグビー特有の問題 密集戦になると…世界基準と“立つプレー”の意味に差
技術的な問題に加えてカメラの台数という問題も
技術的な問題に加えて、撮影機材、つまりカメラの台数という問題もある。TMOのためのカメラ台数についての問い合わせに対してリーグ側から明確な数字の提示はなかったが、トライシーンを撮るためのインゴール(トライエリア)内左右両コーナーの4台が基本になる。その他、ゲーム展開をメーン、バックスタンドなどピッチ側面から撮るための中継用のカメラ映像が使われることもある。だが実際には、常時コーナー全てにカメラを設置することは多くない。ホニス氏も「4つのコーナーにカメラが欲しいところだが、現状では2つでカバーすることもある。そうなるとレフェリーたちは、限られた映像を何度も見直してジャッジすることになり時間がかかってしまう。これは、技術の問題と同時にコストの問題でもあるのです」と指摘する。
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今季リーグワンでのTMOの増加について、レフェリーが依存傾向にあるのではないかという懸念から、TMOが使われる要因を検証してきたが、安全面を始め、動画普及、選手側のプレー、撮影・再生技術、コスト等などの背景が浮かび上がる。そして、TMOの介入を増やす要素は、これからも増えていく可能性は十分にあるだろう。前出のレフェリーOBはレフェリーが組織化されてきたこともTMO増加に影響しているという。
「いまレフェリーには、組織として機能するバランスが求められています。昔は、レフェリーは職人で良かったが、今のレフェリーはチームで試合に臨んでいます。レフェリー1人で笛を吹くのではなく、ARがいて、ピッチコントローラーがいて、タイムキーパーもいて、それこそTMOもいる。10人近い人間がマッチオフィシャルとして関わっているのです。このメンバーたちのチームワークを、上手くコントロールしていけないと、今はいいレフェリーに成れない時代が訪れているのです。協会、レフェリーグループは、そんな側面もしっかりコーチしてレフェリーを育てていかなければいけないのです。そしてレフェリー自身も、自分一人だけでやり切ってはいけないという時代でもある。そこにもTMOを使ってしまう背景はあると思う」
先に紹介したリーグワン規約でも判るように、最少でも7人がレフェリーチーム(マッチオフィシャル)として、集団でゲームをコントロールしていくのが現代のレフェリーだと考えていいだろう。過去にはレフェリー1人が裁いていたものを、10人近い人間が担うほどラグビーは複雑化しているのだ。そのレフェリーチームが試合の中で選手たちのプレーをチェックしていけば、当然のことながらTMO等を使って詳細を確認するべきだという声も増えていくことになる。
現在リーグワンは公式戦を担う「パネルレフェリー」として14人が選出されている。国内トップクラスと認定されたレフェリーが、持ち回りでレフェリー、AR等を務めているのだが、協会、レフェリーグループでは大幅な若返りに着手している。14人の平均年齢は31歳台。日本協会が開催を目指す2035年以降のW杯で笛を吹けるレフェリーを育てるために、若さにプライオリティーを置いている。そのために、あるレフェリー経験者は「実際は技術、能力のある経験者が早目に後進に道を譲っている」と指摘する。W杯という目的のための先行投資はやむを得ない面もあるが、様々な条件、変化し続ける環境の中で、若いレフェリーには難しい判断、舵取りが託されている現実もある。若手起用の方針には正統性がある一方で、積極的な世代交代が、どうしてもTMOに依存してしまう傾向を後押ししているように感じている。
TMOの是非論には、背景にラグビーという競技が孕み続ける“複雑さ”という宿命もある。伝統的にラグビーは「判りづらい球技」というレッテルを貼られてきた。1995年のプロ容認まで長らくアマチュアリズムを厳守してきたことも影響して、ゲームを司るルールやその改正を見ると「プレーする側」の目線で解釈、変更されてきた。そのため「観る側」にとっての判りづらさは重視されてこなかったのだ。そこに戦術の細分化、精密化や安全対策、プロ化と前後してファンサービスの重要性も混じり合い、いまのラグビーは従来以上にさらに混沌とした状況だという指摘もある。そんなカオスを、より合理的、客観的なステージに変えるためのテクノロジーとして導入されたのがTMOだが、使い方次第では、さらにゲームを複雑、混沌としたものにし兼ねないリスクがある。