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「体操ニッポンの陽は完全に沈んだ」 屈辱の言葉にカチン…伝説の名実況「栄光への架け橋」知られざる秘話

名実況の裏にロシア語でかけられた屈辱の言葉があったという【写真:窪田亮】
名実況の裏にロシア語でかけられた屈辱の言葉があったという【写真:窪田亮】

旧ソ連圏の国の代表コーチに言われ、頭に来た言葉

 アテネから8年前のアトランタ大会。体操男子団体は10位に終わる大惨敗を喫し、刈屋は旧ソ連圏の国の代表コーチとすれ違う際にロシア語でこうささやかれたという。

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「もう本当に、ボソボソという感じでした。『ひどいことを言ってきた』と通訳の人が言うので、聞いたら『体操ニッポンの陽は完全に沈んだ。二度と昇らない』と。正直、カッチーンと頭に来ましたよ。だからここからの8年間、その機会があったら絶対に言おうと決めて、付箋で目立つようにしていました」

 予選をトップで通過したとはいえ、実力的には中国が圧倒的にトップで、続いてアメリカ、ルーマニア、日本の争いになるというのが周囲の見立てであり、刈屋もまた同じであった。

 トップで通過した予選から決勝までの空いた一日、パルテノン神殿を散歩しながら、頭のなかをもう一度整理しようとしていた。

「僕は何をしゃべるかということは決めません。ただ価値判断として、たとえば銅メダルを獲ったときに復活と言っていいものかどうか。偶然、神殿で女子バレーボールの大林素子さんに会って、その話をしたら『復活でいいんじゃないですか』と。ビーチバレーの取材後にこれまた偶然会った同じく女子バレーのヨーコ・ゼッターランドさんやほかの競技の解説者陣も、同じような反応でした。ただ体操関係者だけは違っていました。『体操ニッポンは金じゃないと復活ではない』と。

 決勝当日の夕方まで考えましたよ。テレビを見てくれているみなさんに、やっぱりメダルの価値というものを提示しなければなりません。2大会連続でメダルを逃がしていたのがポイントで、やっぱりメダルを獲ることができれば、客観的に見てもやっぱり復活という言葉が適していると考えました。力強い銅メダルなら“復活のメダル”になるだろうし、点差が離されていたら“復活への第一歩”でいい。そういう価値基準がやっと定まったんです」

 価値を判断するには多くの考えを聞いたほうがいい。自分の見立てに固執せず、可能な限り関係者の見解を聞こうとする刈屋の行動一つ取っても、その実直ぶりがうかがえる。

 決勝最初の種目「床」において日本は8か国中7位と大きく出遅れた。それでも「あん馬」「吊り輪」「跳馬」「平行棒」が終わった時点で2位まで順位を上げた。決勝はアップができないルールだったためにミスが相次ぎ、大本命の中国がメダル争いから脱落している。

 1位ルーマニアとも3位アメリカとも僅差。最終種目の「鉄棒」で、まずルーマニアの選手が落下して大きく点数を落とし、続いてアメリカはエースのポール・ハムが鉄棒を掴み損ねるミスによって、そのまま演技をやめてしまった。

 そして日本である。1人目の米田功が9.787、2人目の鹿島丈博が9.825という高得点を叩き出し、実況の補佐役から紙に殴り書かれた「8.962」という文字が刈屋の目に飛び込んできた。つまりこの数字以上を出せば、金メダルになる。刈屋は静かに興奮した。

 復活という言葉では足りなくなっていた。

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二宮 寿朗

1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)、『中村俊輔 サッカー覚書』(文藝春秋、共著)、『鉄人の思考法~1980年生まれ戦い続けるアスリート』(集英社)、『ベイスターズ再建録』(双葉社)などがある。

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