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同級生ダルビッシュの姿は「昔と何も変わらない」 東北高出身の審判員が今も感化される旧友の言葉

3月のWBCで優勝を経験したダルビッシュ(左)。チーム最年長として佐々木朗希(右)ら若手とも積極的に交流しチームの結束力を高めた【写真:Getty Images】
3月のWBCで優勝を経験したダルビッシュ(左)。チーム最年長として佐々木朗希(右)ら若手とも積極的に交流しチームの結束力を高めた【写真:Getty Images】

高校時代をめぐる噂は「事実と違う」

 さらなる進化を遂げたダルビッシュは3年春のセンバツでノーヒットノーランを達成し、最後の夏も通算4度目となる甲子園のマウンドで躍動した。そして坂本が最初にキャッチボールをした時に抱いた「こういう人がプロに行くんだ」との予感通り、高校卒業後はプロ野球の世界へ飛び込むこととなる。

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 ダルビッシュの高校時代をめぐっては、週刊誌の記事でチームメイトとの揉め事が報じられたり、ネットの掲示板などで素行不良を噂されたりすることも少なくない。坂本はそういった話題を目にするたびに、「事実は違うのにな。悪いことばかり面白おかしく書かれているな」ともどかしさを感じていた。同時に「『同級生から総スカンだった』とか書かれていたこともありますけど、そんなことは一切なかった」と断言する。

 実際、全体練習が基本の高校野球において、練習方法に関する考え方の違いで一部のレギュラーメンバーと対立することはあった。しかしそれは、各々に責任感があったからこその衝突であった。

 明治神宮大会で済美に負けた直後、ダルビッシュが「野球を辞めて大阪に帰る」と同級生全員の前で発言したのも事実だが、2時間話し合い、最終的には撤回させた。坂本は「話し合いの10分後にはいつも通り有の部屋で『パワプロ』をやって、今中慎二(元中日)のスローカーブを上手く使われ完封されましたよ」と回顧する。

 坂本の記憶に残っているのは、「誰に対しても優しくて、後輩から慕われている」友の姿だ。だからこそ、WBCの期間中、昔と変わらぬダルビッシュの人間性が世間に正しく認知されたことに喜びを覚えた。

 ダルビッシュは常々、「日本のプロ野球を良くしたい。プロ野球で子供たちに夢を見させたい」と口にしていた。坂本は高校生の頃、その言葉の意味を深く考えていなかったが、WBCで有言実行するのを見て「有は世界に影響を与えている。自分も自分にできることで宮城の、東北の野球に貢献したい」と自らを奮い立たせた。

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