[THE ANSWER] スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

W杯優勝アルゼンチンGKは「未熟だった」 日本在住の恩師が見抜いた16歳当時の才能

アーセナルの実力者たちも信頼を寄せた若きGKのプレー

 さらに約1か月後の11月26日には、グループ内で首位争いをするドルトムントをホームに迎えた一戦でもスタメン出場のチャンスが巡ってきた。

【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら

「当時ドルトムントを率いていたのはユルゲン・クロップ(現リバプール監督)で、積極的なゲーゲンプレスをかけてくるのは分析済みだった。エミは、背後を狙い続けるアレクシス・サンチェスに正確なフィードを提供することで陣形を間延びさせ、キャッチやセーブもしっかりこなし2-0の勝利に貢献した。この頃、サンチェス、サンティ・カソルラ、メスト・エジルら前線の選手たちは、素晴らしいボールをフィードしてくるエミのプレーが大好きだった」

 ペイトンの記憶は、コンピューターのように鮮明だ。

「ドルトムント戦の3日後には、プレミアリーグのウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン戦でプレーをした。クロスを多用してくるチームだったが、エミは5~6本は果敢に飛び出してキャッチし、3本ほど見事なセーブもして1-0で勝利した」

 こうしてマルティネスは信頼を高めた。しかしシュチェスニーが復帰してくると、再びベンゲル監督は彼を正GKに据えた。ペイトンは「エミが出場した数試合は、いずれも素晴らしかったし、ヴォイチェフ(シュチェスニー)を上回る部分もある」とマルティネスを推したが、最終的には指揮官の判断を尊重するしかなかった。(文中敬称略)

【第2回】相手を煽るのも「心理戦で重要」 日本在住の恩師が語るW杯優勝アルゼンチンGKの凄さ

■ジェリー・ペイトン(Gerry Peyton)

 1956年5月20日生まれ、元アイルランド代表GK。現役時代はフラム、ボーンマスなどイングランドのクラブを渡り歩き通算600試合以上に出場。アイルランド代表として88年のEUROと90年W杯のメンバーに名を連ねた。引退後は指導者の道へ進み、94年からはジュビロ磐田で、95年からはヴィッセル神戸でGKコーチを務める。2003年からは名将アーセン・ベンゲルの下、アーセナルで15年を過ごし数々の世界的なGKを育てた。18年からは清水エスパルスでコーチを、21年からは兵庫県の相生学院高校サッカー部監督などを歴任。23年シーズンはJ1横浜FCのセットプレーコーチ兼アナリストに就任した。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

1 2 3

加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

W-ANS ACADEMY
ポカリスエット ゼリー|ポカリスエット公式サイト|大塚製薬
DAZN
ABEMA Jleague
スマートコーチは、専門コーチとネットでつながり、動画の送りあいで上達を目指す新しい形のオンラインレッスンプラットフォーム
THE ANSWER的「国際女性ウィーク」
N-FADP
#青春のアザーカット
One Rugby関連記事へ
THE ANSWER 取材記者・WEBアシスタント募集