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競技続行の危機も直面 「応援の力」を誰よりも知る羽根田卓也が語る『チアスタ!』の魅力

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京五輪)、スラローム男子カナディアンシングル日本代表の羽根田卓也(ミキハウス)。08年北京大会以降、4大会連続の五輪出場、そして16年リオ五輪では、カヌー競技で日本人史上初となる銅メダル獲得と、長年、日本カヌー界を牽引する。

カヌー界の第一人者が最も「応援の力」を感じた大会とは

 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(東京五輪)、スラローム男子カナディアンシングル日本代表の羽根田卓也(ミキハウス)。08年北京大会以降、4大会連続の五輪出場、そして16年リオ五輪では、カヌー競技で日本人史上初となる銅メダル獲得と、長年、日本カヌー界を牽引する。

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 9歳で競技を始め、高校卒業後、単身、カヌー強豪国・スロバキアに渡った。以来、世界を舞台に戦う彼にとって、最も「応援の力」を感じた大会は、いつだったのか。その答えは意外にも、無観客で開催された東京五輪だった。

「五輪の延期や、コロナ禍による大会の中止が続くなか、すごく長く苦しい時期が続きました。でも、たくさんの応援の声を励みに、五輪に臨むことができました」

 羽根田は五輪開催延期の決定後、トレーニング動画などを積極的にSNSに公開したアスリートの一人だ。SNSを通じ、多くのカヌー、そしてスポーツファンからのメッセージが届いた。

「応援してくれる方と想いを共有したり、一緒に目標に向かうといった経験はなかなかできることではありません。東京五輪ではその素晴らしい経験を、ファンの方々、応援してくれる方々と共にできたと思います」

 様々な競技のアスリートと、彼らを応援したいサポーターの想いをつなぐ、大日本印刷株式会社(DNP)が設立・運営しているDNPアスリート支援プラットフォーム『CHEER-FULL STADIUM チアスタ!』。このサービスでアスリートとサポーターが体感できることはまさに、羽根田が東京五輪で経験した「応援の力」だ。

「今の時代、インタラクティブなサービスはたくさんありますが、いただいた応援に対して、選手側も反応や返信ができる、というのが面白いですね。お互いにとって励みになると思います」

「応援の力」はアスリートとサポーター間だけに留まらない。今、 『チアスタ!』内では、アスリート同士が応援メッセージを送り合う現象が、自然発生している。

「自分もSNSを通じて知り合うアスリートはたくさんいます。実際に会ったことはなくても、SNS上ですごく仲良くなり、お互いの活動を見ることで励みになったり、いろんな刺激を受けたりすることが当たり前になっています。『チアスタ!』という新たなプラットフォームが増えたことで、アスリート同士の横の繋がりも増えるんじゃないかな」

羽根田がサービス内で注目したのは「デジタル応援幕」

『チアスタ!』のサービスのなかで、羽根田が注目したのは、『デジタル応援幕』。これはサポーター側がお気に入りのアスリートやチームに対し、自分で作成したデジタルの応援幕を贈れる、というもの。この『デジタル応援幕』にはギフティングサービスの側面もあり、有料の応援幕を贈ると、購入額の一部が受け取ったアスリートの活動資金として還元される。サポーター自身が、応援する選手やチームに対し、金銭的な支援を行うことができる。

「『チアスタ!』のギフティングシステムは、設定価格の縛りもなく、練習のとき、試合前など、応援する側の気づいたタイミングで、いつでも、気軽に参加しやすいと思います。

 競技を続けるための資金集めは、時間と労力が非常にかかるため、選手にとっては非常に高いハードルです。『チアスタ!』の仕組みは、そのハードルを、一つ低くしてくれた。競技に集中するうえで、選手たちはとても助かると思います」

 自身も資金繰りに苦労した時期があった。12年のロンドン五輪で7位入賞を決めた後、活動資金に窮した羽根田は、競技続行の危機に直面。支援者を得るため、自ら資料を作り、手紙を書き、企業へと営業に回った。

「カヌー競技の強豪国は欧州が中心です。北京五輪、ロンドン五輪を経験し、強豪国の選手たちとの差を縮めるには、資金面でのハンディキャップが非常に大きいと痛感しました。

 資金の差はパフォーマンスの面で、自分の努力だけではどうしようもないぐらいの差を生みます。例えば、日本のカヌー選手は競技に必要なマテリアル――水着も、ライフジャケットも、パドルもカヌーも全て、自分でお金を工面し、購入しています。ところが、欧州の腕のある選手たちは、競技用のマテリアルを自分で買ったことがないという。その話を聞いて、カルチャーショックを受けました。

 マテリアルはすべて支給、遠征費なども全額負担される強豪国の選手たちには、競技に打ち込める環境があります。でも、自分にはそれがない。ですから、自分で動くしかありませんでした」

 営業に行っては失敗と反省をくり返したが、2013年、ついに現在所属するミキハウスが、手を差し伸べる。その後、16年のリオ五輪で銅メダルを獲得。国内のカヌー競技に対する注目が一気に高まり、応援してくれる人の数が増えたことを、実感した。

「リオ以前は大勢の観客のなかで試合をしたり、ミキハウスさんのような支援する方がついてくださったりという環境ではなかったので、応援してくれる方が増えるほど責任を感じます。ですから、恩返しとまではいきませんが、競技成績や競技の姿勢を通して、皆さんに何か返すことができたらという気持ちで競技に取り組んでいます」

今年1月に現役続行を発表「東京五輪はゴールではなくスタート」

「競技人生の集大成」と臨んだ東京五輪後、去就についてすぐには明言しなかった。年が明けて22年1月、競技続行を発表。現在、東京五輪のレガシーである江戸川区のカヌースラロームセンターを、国内での練習拠点にしている。

「カヌーをさらに盛り上げたいと考えたとき、自分がパリを目指す意味や挑戦する価値というのは、まだ残っているんじゃないかと思い、現役続行を決めました。東京五輪は我々カヌー関係者にとって、ゴールではなくスタートです。例えば江戸川区さんの取り組みにより、今、カヌーに親しむ子どもたちがどんどん増えています。そのことがカヌーをレジャーとして楽しむきっかけになればいいですし、もしも五輪を目指す子どもが出てきてくれたら、本当に嬉しい。

 カヌースラロームセンターができたことで、金メダルを目指せる環境が、やっと日本にできました。自分も五輪を目指したい子どもたちの苦労がなくなる環境を、一つでも作れる助けになれたらと思っています」

 カヌーのスラロームのコース、特に欧州のコースは驚くほど観客席と近い。そのため、轟音の激流のなかにいても、歓声はハッキリと耳に届くという。

「観客の声はプレッシャーにもなりますが、一方で声援を楽しんだり、自分のエネルギーに変えられたりする時って、非常にいいパフォーマンスができるんです。それが、スポーツの、カヌー競技の醍醐味の一つだと思います」

 東京五輪前、満員の観客のなかでスタートすることをイメージしながら、毎日、練習に取り組んだ。無観客開催となり、その景色を見ることは、ついに叶わなかった。

 しかし、次のパリ五輪で、そして、いつか日本で。満場の歓声を力に駆け抜ける日を目指して、羽根田はパドルを手に、再び前進する。

(THE ANSWER編集部)