14歳から海外挑戦 水谷隼、孤高の卓球人生の最後に見た景色「自分は1人じゃなかった」
水谷に憧れ、背中を追う後輩たち
先行者はいなかったし、その都度お膳立てされていたわけではなかったから、自ら動かなければならなかった。
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その過程があって、水谷は世界有数の選手となり、五輪をはじめとする輝かしい成績を収めた。そして引退へと至った。
こうして迎えたセレモニーは、今までにない感慨を抱かせた。
「今日(海外選手からの)VTRも観ましたし、スポンサーの皆さんや選手からお祝いの言葉をいただいて、自分は1人じゃなかったんだ、と。ずっと卓球をやってきて、最後に自分が気づいたのは、『たくさんの仲間がいてくれたんだな』って。本当に嬉しいというか、思い残すことがないですね」
いつしか卓球界には、例えば水谷への敬意を隠さない張本智和のように、水谷の背中を見つめ、後に続こうとする選手たちがいた。
国内の選手だけではない。海外の錚々たる選手たちも日本を飛び出し、世界で渡り合ってきた水谷にリスペクトを寄せた。だからメッセージという形で労った。
自ら考え、自ら行動を起こし、日本卓球界の先駆けとなって歩む過程では、孤独を感じたかもしれない。でも、1人で道を作った末に、その姿に憧れる選手が現れ、尊敬される存在になった。
「1人」だからこそ、たくさんの支持と応援を得られた。それを示したのが、引退セレモニーだった。
(松原 孝臣 / Takaomi Matsubara)