間違いが許されないフィギュア音響技術者 「音が空気になる」舞台を求める仕事の矜持
間違いは決して許されない
“下ごしらえ”は競技会場の音響を設計するところから始まる。リンクの頭上にスピーカーを吊り下げ、会場のどこからでも同じように聞こえるようスピーカーの位置を調節する。
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「最初にフィギュアの仕事に携わったのは2009年に長野で行われたNHK杯だったんですけど、最初の仕事が長靴に履き替えて氷の上を歩くという作業で。氷の上をちゃんと歩けるだろうかと、まずはそのことが不安でしたね」と懐かしそうに振り返る。
フィギュアスケートを観戦する機会があれば、リンクの真上にもぜひ注目してほしい。リンクの中央には横長のスピーカーを8台前後、縦に積んだものを一つのユニットとして、それが約5メートル間隔で吊り下げられているのが見えるだろう。
「リンクから客席がどれくらい高くまであるか、どれくらい遠くまであるかによって、会場ごとにスピーカーの数、位置や角度などを調節していきます」
選手がリンクのどこにいても音楽がよどみなく聞こえるように、そして何千、何万人が入ったアリーナの隅々に音が届くように。スピーカーの細かなカーブや角度にはヤマハが30年以上かけて蓄積してきたノウハウが詰まっている。
音響スタッフにとって、最も重要なことは各選手の曲を絶対に間違えないこと、最後まで途切れることなく曲を流すことだ。そのための下ごしらえには最も神経を使う。
「選手から音源を預かるところから音を出す瞬間まで、すべての工程でダブルチェックを徹底しています」
大会の2日前に選手から提出された音源を1人がコンピュータに取り込んでチェック。さらにリストを作ったところで、もう1人がチェック。当日音を出す瞬間は音響スタッフ2人と競技進行のスタッフの計3人で確認をする。
使用する機材もすべてダブルスタンバイ。そこまでするのは、重田さんには忘れられない苦い経験があるからだ。
2013年世界選手権。当時はまだノービスだった樋口新葉のエキシビション演技中に音楽が止まるトラブルがあった。再発を防止するために検証を重ね、2台のパソコンを連動させて音を出し、万が一1台が止まっても、止まったことが分からないように次につながるシステムを作り上げるに至った。
「私が今のチームを引き継いで約10年。前任者の時代から、万が一を潰すためにどうしたら良いか試行錯誤を続けて、今の形ができ上がりました」
それでも、終わりはない。
「仕事が終わったらホッとするだけなんですよ。また次に繋げていかなきゃいけないから。終わると即、次のことを考えますね」
常に最高を求める姿勢は、アスリートのそれに通じるところがある。