羽根田卓也が16日後に語った涙の理由 東京五輪延期決定、あの春から490日間のすべて
無垢に信じたスポーツの価値、延期決定後に支えになったスロバキア人コーチの教え
羽根田は前向きだった。どのアスリートよりもポジティブだった。
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「ステイホーム」が叫ばれる中でツイッターに動画をアップ。自宅の風呂場で洗い場に座り、水を張った浴槽でパドルを漕いだ。1年半後の大会に向け、創意工夫をこらしたトレーニング法を公開。どの投稿にも前向きな言葉を連ね、強く、明るくあろうとした。なぜか。
「スポーツ選手も人には言わず、自分の中で戦わなければいけない感情があります。少なからず、延期で自分のキャリアにも影響は出ましたが、なかには選考会すら行われず、ピークを合わせることも難しい選手がたくさんいた。その中で、後ろ向きな姿を世間や社会に見せられないし、前向きに戦う姿を見せなければいけないと凄く思いました。なぜかといえば、つらいのはアスリートだけじゃなかったですから」
ひたすらに、無垢に、スポーツの価値を信じていた。
「スポーツは素晴らしく、正しく取り組めば、生きる活力を与えてくれる。そういう側面も見せたかったので。川にもジムにも行けないし、人工コースでも漕げない。でも、僕には僕の仕事があり、こうやって取り組んでいると伝える。家で過ごさなければいけないなら、練習法を無限に編み出し、自分の仕事をしなきゃいかん、と。皆さんがオフィスワークを家で取り組むのと同じで、当たり前のことじゃないですか」
だからだろう。「これは書かなくても構わない」と前置きをして、「実は、つらさを感じたこともあったのでは」とぶつけても「なかったですね」と言い切る。その背景には、10代で渡ったスロバキアで出会ったコーチ、ミラン・クバンの存在があった。
10年以上師事する恩師は「変に、アスリートを美化したり、守ったりするような人じゃない」と羽根田。「現実的に社会と比較し、アスリートの立ち位置を考える。練習ができないことは大変だけど、世の中に大変な人はもっといると言われ続けました」と明かす。
例えば、こんな言葉だ。
「医療従事者もそうだ。ほかにもコロナに関係なく、戦争や貧困・飢餓で大変な人はたくさんいる。そういう人たちを見た時、お前は『大変だ』と言えるか? 泣き言を言う気になるか? もちろん大変だけど、こんなに前向きで楽しくて、こんなに素晴らしいスポーツをやることができて、失敗や成功があってもさまざまな挑戦できる世界で、弱音を吐いたり、くよくよしたりすることはお前に求めていない」
羽根田が続ける。
「練習で失敗して、もやもやして、ちょっと集中できない時もビシッと言ってくれる。寄り添ってドンマイのひと言で終わりではなく、『お前の練習態度や取り組みを応援してくれる人たちが見て、どう思うか』と。決して、甘やかさないコーチ。そういう意味で、僕はメンタルも“鍛えられるもの”と思っています。コーチには、そんな風に耳が痛いことを10年以上、言われてきました。
でも、耳が痛いことはどこかで腑に落ちる。本当は気づいているけど、目を向けたくないことこそ耳が痛い。それにずっと向き合わせられました。特にメンタルトレーナーの方に付いてもらったことはないですが、彼(コーチ)がメンタルトレーニングのようなことをしてくれたおかげで、コロナで練習ができなくても割とめげることなく、自分のやるべきことが見えたと感じています」