振付師「今日は気分が乗らない」で難航も? 中野友加里が明かすプログラム作りの苦労
思い出深い2007-08年、使いたかった「キル・ビル」の曲を振付師に持っていくと…
――たった2日しか休まないというのは驚きです。では、実際にプログラムはどんな過程で作られていくのでしょうか?
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「まずは何の曲にするか、から始まります。だいたいは選手が振付師の先生と相談して決める形になると思います。私の場合は2月の4大陸選手権、3月の世界選手権などで普段は米国にいるマリーナ・ズエワさんに会うことができたので、その際にお話をします。翌シーズンに何を滑ろうか、どういう曲にしようか、と。まだ大会は終わっていない段階ですが、翌シーズンのプログラムのビジョンを決めていました。
気をつけることは、振付師の先生と選手の気持ちが合わないと良い物はできないということ。もし合わない場合、先生が途中で作る気をなくすかもしれないし、逆に選手がその曲に気乗りしないまま臨んでしまうと、シーズン途中でプログラムを変更することもあります。振付師の先生と選手がよく話し合って、使いたい曲や目指したいジャンルを決めてから、振り付けに入った方がスムーズに行くと私は思います」
――実はこの4~5月にどう第一歩を踏み出すか、1年間を考えるとすごく大事ということですね。
「そうなんです。さらに先生と相談して曲を絞って『じゃあ、このCDにしましょう』と決まるのですが、運良く(SPとフリーの規定時間)2分40秒や4分になっていないので、どの部分を使うかを考えて編集し、振り付けを作っていきます。でも、これは私とマリーナさんの場合です。安藤美姫さんに聞いたのですが、彼女の振り付けを行ったニコライ・モロゾフさんは曲をすべて聞いて『ここを使おう』『ここも使おう』と振り付けをしながら編集していく仕組み。ニコライさんのように感性で動く方もいます。なので、スタイルは先生によっても異なってきます」
――中野さんは現役時代、プログラムを作る上で思い出深かったものはありますか?
「2007-08年シーズンですね。私が使いたいと思った映画『キル・ビル』の曲をマリーナさんに持って行くと、怪訝そうな顔で『この曲はあなたに合ってない』と言われました。『私は強い女を演じたい』と話し合って作り始めたのですが、3日経ったところで『やっぱり気乗りしないから作りたくない、この曲はやめないか』と言われ……。
もうほぼ完成間近、渡米して5日くらいで残りの滞在日数も迫っていたので、すごく焦りました。振付師の先生が気乗りしない以上は良い物ができ上がらないので、また作り変えましたが、結局は滞在期間中に完成できず。本来、振り付けは年1度しか渡米しないのですが、その年は翌月にもう一度渡米し、ブラッシュアップしました」
――普通はだいたいどれくらいの期間でプログラムができ上がるのでしょう?
「選手によって変わりますが、私は覚えるのが早い方で、短期間で作り上げて帰りたかったので、5日から6日で2曲、あるいは3曲を作って日本に持って帰りました。ここまで短期間で作る選手はあまりいなかったと思います。その後に練習してうまくいかない部分や、もうちょっと変えたいと思った部分は日本にいる佐藤久美子先生に相談して直してもらいました。たぶん、本来はもっと時間をかけてしっかりと仕上げていくと思いますが、私はわがままを言って短い期間で作ってもらっていました(笑)」