総合馬術・戸本一真が忘れない感謝の気持ち 五輪出場は「唯一できる恩返し」
人事異動で栗東トレセンと競馬学校勤務を経験「精神的な面で大きく変わった」
競技への思いを強くする戸本だが、実は馬術から離れかけた時期があった。馬術を続けようと明治大学から日本中央競馬会(JRA)に就職して3年目、人事異動で栗東トレーニング・センター(栗東トレセン)に配属された時だ。栗東トレセンの業務課で2年務めた後に、今度は競馬学校の教育課で騎手の指導にあたった。
「会社の方針での転勤です。私自身は入会する時、選手活動をしたいという希望を持っていましたし、入会後2年間は選手路線を歩んでいたので、本当に驚きました。
栗東トレセンでは馬術とは直接関係のない業務だったので、馬術から少し離れていた時期ではありました。正直、馬術界に戻れるのか悩んだこともあったんですが、そこで出会った方々に応援していただき、ここで諦めるわけにはいかないなと。ここで腐ったら終わりだと思ったので、細々でもいいからとにかく馬に乗り続けようと考えるようになって、毎日、勤務時間外にどこでもいいから1頭乗れる環境を見つけて、なんとか乗り続ける2年間でした」
現在所属する馬事公苑では、勤務時間内に1日3頭、4頭の馬に乗れる環境があるという。それと比べれば、圧倒的に馬と接する時間は少なかった。それでも周囲の「必ず馬に乗れる職場に戻れる」という応援を励みにした2年。自分がイメージする通りの状態で馬術界に戻り、競技生活を再スタートさせるため、「少しずつでも馬の上に居続けないと」という日々を過ごし、「技術的な面よりも精神的な面で大きく変わった」と頷く。
栗東トレセンでの2年が終わり、着任した千葉にある競馬学校では新たな気付きに出会えた。ジョッキーや厩務員を目指す生徒を指導することは、想像以上に難しかった。
「教えるということは、自分にとっても大事な経験でした。馬を乗るということについて、自分としては感覚で分かっていたつもりでも、相手に言葉として伝えられないことがある。それは実は、本当に自分の感覚になっていないから言葉にならないんですね。競馬学校にいたのは1年だけでしたが、自分の考えを整理することができましたし、すごく有意義な1年だったと感じています」
周りの声に支えられ、地道な努力を重ねた結果、今ではイギリスに練習拠点を構えながら、総合馬術界の世界的名手と言われるウイリアム・フォックス-ピット氏の下で技術を磨く環境に恵まれた。
「私は実家が乗馬クラブというわけでもなく、所属するJRAをはじめ、本当に皆さんに支えられて活動ができている。小学2年生から続けてきたことを発揮できる場所、チャレンジできる場所を与えてもらっている。本当に周りに恵まれて、今の環境があると思います。感謝ですね」
馬術から離れてしまわなかったのも、オリンピック出場に手が届く位置まで来られたのも、周りのサポートがあったから。感謝の気持ちを忘れず、そして最高の舞台で感謝の気持ちを示すため、今日もまた技術に磨きをかける。
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)