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ラグビーW杯の真実 日本代表の「分析官」が1年後に明かしたアイルランド撃破の裏側

日本代表のセオリーをひっくり返したアイルランド戦

 このような対戦相手の分析から、日本代表がどう戦うべきかが導き出されていく。そして、アイルランドのボールポゼッションの時間を減らすためには、日本代表のセオリーをひっくり返す戦い方が浮かび上がってきた。

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「ポゼッションの高い相手に対して、日本代表がボールポゼッションをしっかりと大事にしようというゲーム展開でした。そういった練習は、実はそれまでにもしっかり取り組んでいましたが、皆さんには、おそらくキックを相手の裏に蹴り込んで、背走させて体力を奪っていくイメージがあったと思います」

 ジョセフHCが就任してから日本代表が取り組んできたのは“アンストラクチャー・ラグビー”。キックなどを駆使して、相手のゲーム構造=ストラクチャが崩れた状況に引きずり込む戦い方だ。キックを使えば、陣地を敵側に進めることが出来るメリットがある一方で、相手にボールを手渡すデメリットもある。代表首脳陣は、リスク覚悟で、この崩れた状態からディフェンスで重圧をかけ、相手のミスやターンオーバーで攻撃権を奪い返す戦術が日本代表には適していると判断し、チーム戦術に落とし込んだ。

 しかし、アイルランドを倒すためには、取り組んできたスタイルを封印して、出来る限りボールを保持し続けるゲームプランが周到に準備されていたのだ。5万人近い大歓声の中で決戦の幕が上がると、戸田氏の目の前では、驚くような死闘が繰り広げられた。

「アイルランドも、おそらく同じような(日本がキックを多用してくる)分析をしていたと思います。3回に1回は(キックで)ボールを裏に入れてくるというイメージは持っていたのでしょう。けれど我々は、この試合に関しては、しっかりとボールをキープして相手にプレッシャーをかけていこうと話し合っていた。それが、あそこまで完璧に相手が、そういう展開を予想できてない試合になるとは。完璧にゲームプランがはまった展開になったのです」

 当時アイルランドを率いていたNZ出身のジョー・シュミット監督は、オールブラックス、イングランドの連勝を止めるなど手腕を発揮して、一時はチームを世界ランク1位に押し上げた名将だ。その指揮官の持ち味は、相手チームの選手個々の特徴を細かに読み取る分析力。2017年に日本代表に2連勝した遠征でも、対戦前に日本選手1人1人のプレースタイルを嬉々として語っていたのには驚かされた。

 しかし、W杯本番での日本の戦術変更は、その知将の想定をも大きく超えたものだった。試合が進む中で、戸田氏は優勝候補でもある相手の戦術が、徐々に崩れていく光景を目の当たりにしていた。

「例えばアイルランドの攻撃ですが、日本代表のタックル成功率も93%と高いものでしたが、相手が疲れてきて、すごく単調になっていました。序盤の攻防から、我々のプレッシャーがジャブのように効いて、最終的にそういう展開になっていったのかなと思いましたね。ゲームプランを日本代表の皆が信じて遂行しきって、結果につながったという会心のゲームでした」

 単純な力比べなら勝つのが難しい相手を倒せたのは、周到な準備と緻密な戦術、そしてどんな状況でも絶対にブレなかった強靭な信念を日本代表のコーチ、スタッフも含めた全員が共有し続けることが出来たからに他ならない。

 2015年大会の初戦で日本代表が優勝候補の南アフリカ代表を倒した試合は、世界中で「史上最大の番狂わせ」と呼ばれた。しかし、2019年大会のアイルランド戦は、同じく優勝候補であるのに加えて、4年前とは異なり日本代表が要警戒される中で勝てたことが意義深い。この勝利を表現する時、“番狂わせ”という言葉は適切ではない。周到な準備の下に実現した必然であり、勝利の背景には、戸田氏らアナリストチームの奮闘に象徴されるような数々の豊穣なストーリーが横たわっている。

(後編に続く)

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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