今、走るのが好きなのは「燃え尽きていないから」 マラソン・鈴木亜由子の“開花理由”
「やっぱり走るのが好きなのかな。気持ちいいんですかね」
故障続きで解放されたプレッシャー「もう一度、本当に走る喜びを知れた」
「やっぱり走るのが好きなのかな。気持ちいいんですかね」
【特集】人生2度目のマラソンでオリンピック出場内定 可能性を探り続ける探究の道 / マラソン・鈴木亜由子インタビュー(GROWINGへ)
柔らかい笑みを浮かべながらも真っ直ぐな視線で、走る魅力について語るのは、東京オリンピックの女子マラソン日本代表、鈴木亜由子(日本郵政グループ)だ。2019年9月に行われたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)を2位でフィニッシュし、代表の座を掴み取った。
一生に一度あるかないかという自国開催のオリンピック。初マラソンと同じ札幌が舞台となる“本番”では「競技に対して、本当に真摯に、しっかりと向き合って走るだけだと思っているので、その姿を見た方に、何か伝わるものがあるといいなと思っています」と目を輝かせる。
マラソンに転向したのは2018年。それまでは長距離トラック競技を主戦場とした。2016年に出場したリオ五輪でも、代表となった種目は5000メートルと1万メートル。なかなか決心はつかなかったが、26歳の時に「世界で戦いたい。自分の可能性をもっと広げたい」と新たなチャレンジに踏み出した。
マラソン歴は2年ほどだが、陸上との付き合いは長い。小学生の頃、母に勧められて入った地元の陸上クラブが原点だ。以来、走ることを追求してきたわけだが、冒頭の言葉通り、今でも「やっぱり走るのが好き」。この気持ちが続いているのも、「高校時代に燃え尽きていないのが大きいかなと思います」と話す。
中学ではバスケットボール部に入りながら、週末には陸上クラブに通い続け、全国大会で優勝。全国女子駅伝にも愛知県の中学生代表として2度参加した。本格的に陸上に取り組むようになったのは県立時習館高等学校に入学後だが、ここでは故障に泣かされた。
だが、怪我の功名もあった。好成績を残した中学時代は「勝つのが当たり前で、プレッシャーが本当にすごかった」が、故障でレースに出られなくなると「プレッシャーを感じなくなって、(気持ちが)リセットされた」という。「もう一度、本当に走る喜びを知れた、というか、楽になれた、というか……」。好きで走っていたはずなのに、いつの間にか、走ることに窮屈な思いを抱いていたようだ。ここでプレッシャーから解放されたおかげで、今でも走り続けている。
「ジュニアの時期に心も体も疲弊してしまって、その先に繋がらないケースがある中で、私の高校時代はリハビリ中心の競技生活だったので、いろいろな意味で可能性を残したまま、大学、今、と繋げられたのかなと思います」