選手とファンの関係と「待機選手問題」 中野友加里が考えるフィギュアスケートの価値
「フィギュアの世界で血がつながっている」―フィギュア選手がファンに救われる時
今も忘れられない、氷の上から見た風景。それは「マナーの良さ」だった。
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「日本のファンの皆さんがすごいなと思うのは、海外の大会では選手の名前がコールされてもしゃべり声でざわざわした空気が残ることがありますが、日本では誰もしゃべらない。誰か一人が咳をしたら分かるくらい、音楽が鳴るまでにさーっと静かになる。そういう競技はすごく特殊なのじゃないかと思います。選手と同様に、観客も選手と一緒になって緊張してくれている感じがあり、見守ってくれる意識をいつも感じていました。だからこそ、選手とファンの関係が特別で親密なものになるのかなと思います」
「選手とファン」について競技人生で感じてきた関係性を明かした中野さん。「特別」であり、「親密」な存在だったからこそ、選手がファンに救われることがあったという。自身の場合、観客が自分の演技を見て、泣いている人を目の当たりにした時だ。
「演技後、感動して泣いている方がスクリーンに映った時、すごく嬉しくなったんです。もちろん、ファンの方が涙するシーンは他のスポーツでもありますが、個人競技で自分一人のパフォーマンスに感動して泣いてくれる方がいるということ。普通だったら、両親、家族くらい。そう考えると、本当の血のつながりはないけど、フィギュアスケートの世界で血がつながっている感じ。日本人としてのファンを誇りに思うことがありましたし、私にとってはみんな一緒に戦ってくれている思いが伝わった瞬間でした」
そういうファンの存在が選手にとって「次の大会に背中を押してくれる一つの要因になっていた」という。ちなみに、中野さんが最も感激した大会は、スウェーデンで行われた2008年の世界選手権だ。フリーで会心の演技を見せ、自己最高の4位に入った。
「最終滑走者でたまたまいい演技ができたんです。通常はジャッジの人は立つことはありませんが、ジャッジまでスタンディングオベーションをしてくれて。駆けつけてくださった日本のファンに加え、海外のファンまで同じようにスタンディングオベーションをしてくれた。こんな瞬間、もう他にない。会場が一つになった一体感が生まれた大会。今でも目に焼き付いている光景です」
「選手とファン」のみならず「選手と選手」の関係性も特徴的だろう。試合は優勝を目指し、しのぎを削るライバル。しかし、リンクを離れれば、友人同士になる。大会後に行われる関係者のパーティー(バンケット)では種目、国籍関係なく、交流を図る。
選手の仲が良い理由について、中野さんは「小さい頃からずっと一緒に戦っていることが大きいかもしれない」と感じている。
「例えば(同じクラブ出身の)小塚崇彦君は彼が3歳のときから知っているくらい。スケートの姉弟みたいな感じです。そういう中で、どの選手もスケートの仲間、家族のような関係性になっていく。小さい頃から刺激し合える存在であることが、選手同士の仲が良い要因。引退した今も連絡を取る子もいるし、年賀状を毎年くれる子もいるし、気にかけてくれていると感じて嬉しくなります」
フィギュアスケートは個人による採点競技。「戦うべきは常に自分」という価値感が強いから、他者を尊重できる。
「同じ試合であっても、戦いは個人で成り立っています。その日の調子によって出来は変わるし、結果も変わってくる。でも一度出た結果は変えられないもの。勝った人は称えるべきだし、負けた人は『また一緒に頑張ろう』と互いに切磋琢磨していく。勝ち負けはしょうがないと私自身思っていたし、最後まで一緒の舞台で戦った嬉しさを一緒に分かち合う感覚の方が大きかったです。
そういう風に大会に出場していると、いろんな選手と遠征先で顔見知りになっていくもの。試合数を重ねてうちに話すようになり、連絡先を交換して、どんどん輪が広がっていく。そこに種目も国籍も関係ない。特に試合が終わったら弾けて、みんなで一緒にご飯を食べに出かけたりトランプで遊んだりしていた。他のスポーツにはあまりない競技の良さの一つだったかもしれません」
遠征で最も多く一緒になったのは安藤美姫さん、浅田真央さん。荒川静香さんは今もママ友として相談することもある。海外勢ではトリノ五輪男子銅メダリストのジェフリー・バトル(カナダ)、バンクーバー五輪女子銅メダリストのジョアニー・ロシェット(カナダ)らと多くの時間を共にしたことが思い出にある。誰もがフィギュア界で同じ時代を過ごしてきた大切な「家族」だ。