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【今、伝えたいこと】「誰か来てください!」 五輪当日に負傷棄権、モーグル・伊藤みきが高校生に届ける声

新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

2013年世界選手権で銀メダルを獲得した伊藤みきさん【写真:Getty Images】
2013年世界選手権で銀メダルを獲得した伊藤みきさん【写真:Getty Images】

連載「Voice――今、伝えたいこと」第24回、3大会連続五輪代表のメッセージ

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第24回は、元女子モーグル日本代表・伊藤みきさんが登場する。3大会連続の五輪代表の座を掴んだが、ソチ五輪本番当日に負傷して棄権。新型コロナでインターハイなどの大会が中止となった中高生へ、直前で夢を失った経験をしたからこそ伝えられる“ゴールとの付き合い方”について語った。

 ◇ ◇ ◇

「誰か来てください!」

 雪上にうずくまったまま叫んだ。激痛で顔は歪み、膝を押さえる。自力で立ち上がることすらできない。駆けつけたスタッフに担がれ、日本の期待を背負った26歳のメダル候補はコースを去った。

 2014年2月6日、ソチ五輪予選1回目の直前練習だった。2か月前に右膝前十字靭帯を損傷した伊藤が、保存療法を選択して臨んだ夢の舞台。第2エアで飛んだバックフリップ(宙返り)の着地で右足に体重がかかった。そのままコース上に倒れ込んだ。どうにもならない悲運。なぜ、今なのか……。人生を懸けた五輪は、寸前で雪のように解けて消えた。

「私はそこで死んでもいい、右膝がなくなったとしても絶対に取り組みたいという強い気持ちがありました。ソチまでは『期待に応えられない人は選手じゃない』と思っていたくらい勝気な選手でした。応援してくださる人、サポートしてくださる人がいる以上、その期待には勝つしか方法はないんだと思っていました」

 薄情な神様に与えられた試練を、今は笑って振り返ることができるようになった。五輪2か月前、最初に負傷した時は全治8か月と宣告されたが「少しでも可能性が残っているのなら、できることを全部やって挑戦したい」と後悔しない道を決意。意思を尊重してくれた人の多くの協力があったにも関わらず、結局は戦うこともできなかったが、味わった経験を否定することはしない。

「ソチ五輪に向けて、もしかしたらメダルが獲得できるかもしれないという絶頂から、怪我によって出走さえもできなくなり絶望感を味わいました。スキーは私に夢も見させてくれて、それ以上に地獄のような絶望も教えてくれたけど、私はスキーが嫌いになることはなかったです。大きな目標に向けてがむしゃらに頑張れたことが、私の人生にあったことに感謝できました」

 直前で夢が消えるなんて誰にでも起こることではない。しかし、世界がウイルスに襲われた今、インターハイなど大目標を失った子たちが大勢いる。伊藤は「私の場合は自らが原因で出走できなかったので、彼らとは立場が少し違うかもしれないですが」と前置きし、自身の経験を振り返った。

「ゴールがなくなるというのは、どこに向かって走ればいいかわからなくなるということだと思います。ゴールが42.195キロだったとすると、42キロ走りました、あと195メートルです、ゴールがなくなりましたという状態。周りから見たら考えられないくらい最悪なことですが、次のゴールをつくるのは自分自身です。私の人生はソチがゴールじゃなかったと気づけたことが、絶望感から立ち直れたきっかけだったんですね。

 死んでもいい、右膝がなくなったっていいという気持ちで臨みましたが、冷静になれた時、私には膝もあるし、手術すればまた滑れるんだと思えた。どういう気持ちでスキーに取り組み、雪と向き合い、コースの中でつくっていくかというのは、私にしかできない物語。また新たな物語を作ればいいだけ。そして、次の目標にした平昌五輪をゴールだと思って取り組んでいきましたが、平昌が終わっても『自分にとって最高の滑りがしたい』と思って、さらに1年続けました。

 どんなにつらい時も一生懸命に取り組む。自分自身がしっかりとファイティングポーズをとって取り組めているか。それがすべてだと思っています。それは周りの人に対してポーズを取るのではなく、自分の目標に向かって取り組めているか。本当にそれがやりたかったのか、やりたいのならどうやるのか、次の目標を何にするのか。今は考える時間があると思います」

 本気で歩んだからこそ、五輪を直前で失っても過程に大きな価値が生まれた。

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