陸上経験ゼロの37歳社長がアジア金メダル 「本気」になった男4人の9か月の挑戦物語
4人の挑戦の本質「何かをやることに、年齢とタイミングなんて関係ない」
ただ、今回の挑戦については、単に「金メダル」という成果獲得だけに価値があったわけではない。特に、陸上選手としてトップを目指してきた3人にとっては新たな発見もあった。伊藤は「現役時代、試合に出るモチベーションは自己ベストが出るか、日本代表になれるかだけ。今回は若い時と違う走ることの楽しみを体験できた。だからこそ、誰とやるかも大事と思った」と言った。
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「35歳になって、全力で競走することがこんなに楽しいって忘れていたのかとスポーツの面白さを再確認することができた」と語ったのは仁井。「こんなに全力を出す瞬間って大人になるとないもの。子供からすれば、もうおじさんの世代。でも、子供たちに『全力でやると楽しいよ』と口では言うけど、今回の経験を通して伝えると『マジで凄いね』と理解してくれた」と明かした。
3人とも、指導者としての発見もあったという。とりわけ、トップアスリートをメインで指導する秋本は「世界マスターズの時は走ってばかりいて、基礎的な体力、筋力を重視しなかった。それで足りてなかった部分がウエイト。今回、初めて取り入れてみると、力の入り方や感覚の変化も感じた。それを再確認できたことはこうやって競技者としてやる意味があった」と実感している。
いずれも“椅子に座っている”タイプの指導者ではない。常に自らの体で動き、見せ、指導するという信念を貫いている「プロスプリントコーチ」だからこそ、過去の知識、経験だけに頼らない学びを身をもって知ることができた。一方で、陸上未経験から挑戦した裙本には、また違った価値があった。「あの夜に前向きに決断したことによって、いろんな気づきを得た」と振り返る。
その一つが、「短距離とビジネス」に共通する「PDCA(計画→実行→評価→改善)」のサイクルだ。「目標に向かって課題を認識して、どうトレーニングするかプランニングする。考え方のロジックは一緒だと感じた」と回顧。伊藤は「説明した時の理解力が凄く高くて、質問が本質を突いている。本番の集中力が凄まじいし、ここぞで力を発揮できるのはさすがと感じた」と驚いた。
大人になって本気で走り、仲間とバトンをつなぎ、達成感を共有するというのは年をとれば取るほど、非日常になっていく。しかし、4人の話を聞いていて共通するのは、常に新しい出会いを求め、挑戦を面白がり、それを実行しようとする意志と行動力。「何かをやることに、年齢とタイミングなんて関係ないんだなと感じた」と語った仁井の言葉が、4人の挑戦の本質を表していた。
しかし、挑戦はアジアで終わりではない。7月にカナダで行われる世界マスターズを目指し、挑戦は続く。発起人となった秋本は「アスリートだけじゃなく、一般の人も限界というものをどこかに感じてしまうものだけど、何かを本気でやることは“自分で決めた限界”を壊すきっかけになる。今後、マスターズという存在がそういう位置づけの一つになっていってほしい」と語った。
年齢とは“数字”にしか過ぎない。本気になった大人はスゴイ。それを証明し続けるため、4人は走ることをやめない。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)