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スポーツにできる“言葉を超えた”交流 ウクライナ避難民の10歳少年に伝えた仲間と喜び合う意味

ユーリ少年のプレーに見え始めた変化

 僕は少しずつだけど、ユーリにそうしたことを伝えていった。チャレンジとわがままの違い。チームとプレーする意味。サッカーを楽しむ秘訣。ジェスチャーを多く交えて、文章ではなく英単語を並べて少しずつ意思の疎通を図る。少しずつだけど、ユーリのプレーに変化が出て、味方を見て、信頼をして、一緒にプレーしようという意図が感じられるようになった。

 ドイツ対ウクライナ戦を見ながら、僕はずっとユーリのことを考えていた。ユーリはその後、別の避難所に移ることになったという話を聞いた。僕らが一緒にサッカーをしていた時間は3か月ほど。僕も、チームの子供たちも、一時的にサッカーをやった関係性でしかないかもしれない。でも、グラウンドで僕らは仲間だった。その時間を、ゴールを一緒に喜べる仲間がいる意味を、彼はきっと感じてくれていたと思うのだ。

 元気にやってるかな? 今もサッカーをやってるかな?

 あの日、ブレーメンのヴァーザースタジアムには、本当にたくさんのウクライナ人サポーターが駆けつけていた。ウクライナのユニフォームを着て、ウクライナのフラッグを持って、ウクライナの歌を歌って――。たくさんの子供たちがいた。彼らもユーリのように、それぞれの土地で毎日を暮らしているのだろう。

 エスコートキッズはみんな避難民の子供たちだった。緊張した面持ちで両代表チームと手をつないで登場し、役目を終えてグラウンドから走って出ていく。最後尾に小さな男の子がいた。頑張って走るけど、みんなとの距離が開いていく。小さな足を動かして出口にたどり着いた彼を励まそうと、スタジアムから送られた温かな拍手と声援。この日、一番大きな声援が起きたのはこの時だったと思う。

 全てを美化すべきではない。子供たちの笑顔の奥には多かれ少なかれ悲しくて、つらくて、思い出したくもない記憶が残されているのだろう。故郷を離れざるをえない経験なんてないほうがいい。頭の奥底にこびりついて離れない画の数々が、彼らを何度も襲っているかもしれない。そんな彼らに対して「元気出して」「大丈夫だよ」「未来は輝いているよ」なんて言葉は、現実を知らない住人の軽々しいものでしかないだろう。そのことを考慮せずにやったつもりになって、親切の押し売りになっては本末転倒だ。

 だからこそ、僕らがユーリとともに笑顔で、夢中になって、あのボールを追いかけていた時間だけはきっと、彼の心は晴れ渡っていたと信じていたい。そうやって楽しい時間を共有することしかできない。寄り添うことしかできない。それが何かの力になるなんて、こちらが思うべきではない。サッカーが世界を変えたりはできない。

 それでも、サッカーには、スポーツには、世界の見方を変えて、世界への関わり方を変えて、それが回りまわって世界中の人々が希望を持って歩んでいける確かな力になることを僕らは知っている。

 できることから始めよう。世界にもっと目を向けよう。僕らにできることはたくさんあるんだ。

(中野 吉之伴 / Kichinosuke Nakano)

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中野 吉之伴

1977年生まれ。ドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを保持する現役育成指導者。ドイツでの指導歴は20年以上。SCフライブルクU-15チームで研鑽を積み、現在は元ブンデスリーガクラブであるフライブルガーFCのU12監督と地元町クラブのSVホッホドルフU19監督を兼任する。執筆では現場での経験を生かした論理的分析が得意で、特に育成・グラスルーツサッカーのスペシャリスト。著書に『サッカー年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)、『ドイツの子どもは審判なしでサッカーをする』(ナツメ社)がある。WEBマガジン「フッスバルラボ」主筆・運営。

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