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明大ラグビー復活日本一の真実 改革・再建5年、「緩くなった」と言われ…エリート集団はなぜ変わった

「勝つ」だけじゃない大学スポーツの価値を求めて

 神鳥監督自身は、常に勝利を義務付けられたチームでラグビーを続けてきた。とりわけ大工大高、明治大は学生ラグビーの中で長きに渡り“常勝軍団”という位置づけのチームだ。飾らない性格で、自分から輝かしいキャリアなどを口にしないタイプの神鳥だが、当時はほとんどいなかった高2年で高校代表候補入りして、日本選手権の前座で行われていた高校東西対抗に出場した。同3年で高校代表、明大時代も23歳以下代表を経験して、1、3、4年生で大学選手権優勝とエリート街道を歩んできた。

 社会人になってからは正代表の経験はなく現役を終えている。急速に大型化が進んでいた当時の国際ラグビーの中では、No8というポジションでチャンスを掴み切れなかった。そんな現役時代の経験もあり、指導者としての眼差しはエリート選手と同時にそれ以外の部員たちにも注がれる。

「当然勝負なので勝たなければいけないというのはありますが、大学スポーツってそれだけじゃない価値があると、僕自身は思っていたんです。だからちゃんと、それぞれのカテゴリーの中で部員を成長させられるような環境をしっかりと作りたいなと思っていました。僕の監督就任までにそれが出来ていなかったわけじゃないけれど、そういう思いにすごく駆られたんです」

 勝利至上主義だけではない目線で5年間をかけて学生たちを鍛え、最後は大学最強へとチームを押し上げた。そこには、神鳥自身が自分をどんな指導者なのか自己分析していたことが反映されている。

「チームというのはフェーズ、フェーズというのがある。丹羽さんから(田中)澄憲に監督が引き継がれて、選手に大学日本一という喜びを味わわせてくれた(2018年度大学選手権優勝)。チームとしての文化をしっかりと作ってやらないといけないところで、リーダーシップを自ら発揮する澄憲から僕が引き継いだ。でも僕の場合は、どちらかというと適材適所なスタッフに任せるタイプ。彼らの持っているものを引き出さないと引っ張れないと思っていた」

 前任の田中監督は、主将も務めた学生時代に監督問題でOB会が紛糾していた。十分な指導体制が組めないまま、学生リーダーとしてグラウンド内外で強烈な主導力を発揮してチームを牽引し続けた。明大監督としても、自らがグラウンドに立って引っ張るタイプだったが、それは当時のチームの組織としての成熟度や選手の取り組む姿勢なども鑑みながら必要だと判断したからだった。だが、田中からバトンを受けた神鳥は、陣頭指揮ではなく、適材と思ったコーチを集め、彼らをオーガナイズしながらチームの底上げ、進化に取り組んできた。

「なので、それが逆にスタッフからしたら物足りないと感じられた部分もあったと思います。就任したころは、勝つためにはもっと厳しくしないといけないという意見とか、そういう部分でのスタッフとの価値観合わせというのは結構苦労しました。あの頃言われて堪えたのは『緩くなった』という言葉でした。はっきり言われたこともありましたし、心理的安全性じゃないけれど、スタッフたちが思っていることを僕に素直に言ってくる環境を作ることは大事だと思ってはいましたが、心の中ではかなりキツく感じた声もありましたね。澄憲の時代を経験したスタッフだと、僕のやり方にたぶん戸惑いもあったはずだし、僕の方でも葛藤はありました」

 そんな葛藤の中でも、神鳥にタクトを託した田中元監督の言葉にも励まされた。

「澄憲と話した時も、それを望んでいると言ってくれた。1人のコーチの強烈なリーダーシップの下で引っ張られる組織ではなくて、誰が監督になっても組織としてしっかり各々のコーチたちが力を発揮して、チームが持続的に強くなっていくようにしなくちゃいけないと。彼はそういうことも先々に見据えていたし、自分らしくやってほしいと話をしていました」

 では、5年に及ぶ指揮の中で、神鳥監督はどんな思いで強化を進めたのだろうか。後編ではシーズン毎を振り返り、指揮官が思う大学ラグビー、明治大学ラグビー部とは何かを聞く。

(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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