明大ラグビー復活日本一の真実 改革・再建5年、「緩くなった」と言われ…エリート集団はなぜ変わった
明治大ラグビー部を2025年シーズンの大学日本一に導き、退任した神鳥裕之前監督に話を聞いた。現役時代は大阪工大高(現常翔学園高)から明治大とラグビーの名門校で王道を歩み、監督として母校に戻って来た指揮官は、エリート揃いの後輩たちに何を求め、チームを7シーズンぶり14度目の“大学最強”に導いたのか。5シーズンの仕事を振り返った。(前後編の前編、取材・文=吉田 宏)

明大ラグビー部・神鳥裕之前監督インタビュー前編
明治大ラグビー部を2025年シーズンの大学日本一に導き、退任した神鳥裕之前監督に話を聞いた。現役時代は大阪工大高(現常翔学園高)から明治大とラグビーの名門校で王道を歩み、監督として母校に戻って来た指揮官は、エリート揃いの後輩たちに何を求め、チームを7シーズンぶり14度目の“大学最強”に導いたのか。5シーズンの仕事を振り返った。(前後編の前編、取材・文=吉田 宏)
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すでに自身の退任及び後任の高野彬夫新監督の就任会見も終えた3月半ば。日本一を遂げた指揮官が、5年の任期を終えた心境を語り出した。
「今は、ほっとしています。やはりそれが一番大きいですね。いろいろな人からプレッシャーのある仕事だと言われてきましたが、任期中は、正直そう感じたことはなかったんです。でも、終わってから自宅近くを散歩していたりすると、あまりにも気持ちが晴れやかなんです。明日選手たちに何を話さなきゃいけないか、ミーティングをどうしようか、何が良くなかったのか。そんなことを考える必要がなくなった時に初めて、ああ、やっている時は結構プレッシャーがあったんだなと感じましたね」
言葉以上に、そう語りながら浮かべた笑顔が、偽りのない今の心境を物語る。対抗戦、選手権のダブルタイトルを手にして終えた明大監督としての任期。学生たちとの5年に及んだ挑戦は、就任する1年前から始まっていた。
「僕がまだリコー(ブラックラムズ東京)の監督だった時に、当時明大監督だった(田中)澄憲から連絡があったんです。すこし話がしたいと。それまでも、彼はサントリーのディレクターなどもしていたし情報交換は何度もしてきたんですが、後日『そんなことでわざわざ電話して会いたいなんて言わないでしょ』と本人に笑われました。その場で、あと1年で監督を辞めるので(後任監督を)やってほしいと言われたんです」
神鳥監督自身もリコー監督をそのシーズン限りで退任することが内定していた。ラグビーを離れて、リコーでの業務に復帰することを考えていたのだ。1学年後輩の“前任者”からのオファーには「少し時間が欲しい」と即答はしなかったが、それは二の足を踏んだからではなかった。ほとんど考えたことがなかった明大監督というポストの仕事内容や任期、自身が翌年6月までリコー監督という仕事があったことなど、整理や調整が必要な多くの懸案があったからだった。
「オファーは驚きましたけれど、そんなに(受諾までは)時間はかからなかった。1週間くらいでしょうか。直感的には、新しいチャレンジをいただいたことに対しての嬉しさはあったと思います。最終的にはカミさんが背中を押してくれましたね。明治の監督という生活になるのはどうなんだろうと話をした時に『ここまでラグビーに携わって来て、母校の監督をやれるなんて誰もが出来ることじゃないでしょ』と話してくれたので、反対じゃないんだなと。ありがたかったですね」
最近の明大の監督人事の中で異例だったのは、OBということ以外はラグビー部との接点がほとんどなかったことだ。前任の田中監督は、就任前にコーチとして明大ラグビー部の強化に携わりながらの昇格。すでに活動をスタートしている高野新監督も、2シーズンあまりヘッドコーチ(HC)として選手と接してきた。神鳥監督の場合は、いわば明大ラグビー部内での“助走”がないまま就任したことになったが、田中元監督はオファーをした理由をこう説明する。
「リコーでの指導経験もあるし、僕が神鳥さんに求めたのは、チームを組織としてしっかりマネジメントしてもらうことでした。そのために、コーチらにいい人材を揃えてもいた。選手も、丹羽さんと僕の時代で、いい人材が集まって来る流れもだいぶ出来ていたし、監督がグラウンドでガンガン指導もしてきていた。なので、ここからは彼らの能力をしっかり引き出せるようなチーム作りが必要だった。リコー時代と同じように、いいスタッフがいい仕事を出来るような環境を作るマネジメント力も含めて、神さん(神鳥)は適材だった」
コメントからも、明治大学ラグビー部という組織が、単純に任期毎に監督の首を挿げ替えるだけの繰り返しはしていないことがわかる。組織の進化段階に応じて、戦略的にどのようなタイプのボスが必要なのかを考えて、適材を探す。勿論、監督交代のタイミングで適任者が実際に複数年の監督業を続けることが出来るかという巡り合わせも重要だが、それも含めて“後釜探し”も仕事の一つだった前監督が、適材だと判断し、OB会、大学当局も同意したことで神鳥メイジが動き出した。
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