陸上を数年間離れ「自分探し」のバイト生活 製紙工場、引っ越し屋…世界一に必要だった“空白期間”「休んでなかったら…」【東京世界陸上】

競技から離れた時期なければ「今いるところにたどり着いていない」
競技に戻ってきたきっかけはいくつかある。一つは自宅で2020年NCAA(全米大学体育協会)屋外選手権を見ていた時のこと。一緒に見ていた父から「もうあんな風に走れないんじゃない?」と冗談めかして言われた。「誰に言ってんだよ」とムッとして、奥にしまっていたスパイクを30分かけて探し出し、久々にトラックへ。110メートル障害で13秒27のタイムを出した。
しかし、大学に戻る気はなかなか起きず、さらに2年が経過した2022年末。友人からコーチを紹介され、目の前で走ることに。最初は乗り気ではなかった。だがスタートラインに手をつき、号砲を聞いた瞬間にわかった。
「ここだ。ここが俺のいるべき場所だ」
自分だけに集中せざるを得ないこの世界をどれだけ恋しく思っていたか。一度離れたからこそ改めて気づけた。「2019、20年に休んでいなかったら、今いる場所にたどり着いていないと思う。自分探しのために全ての競技から離れたことは、あの時の自分が最も必要としていたこと。自分の立ち位置、やりたいことを知ることが何よりも大きなことだった」と感慨深げに振り返る。
「あなたを幸せにしてくれる何かを見つけること。あなたを幸せにしてくれる誰かを見つけること。頼りになる何かを見つけること。それが大事なんだ。あなたのために常にいてくれる何か。それは人かもしれないし、場所かもしれない。湖のそばに座ってボーっと考え事をする時間かもしれない。それが何であれ、自分のバランスを保てる何かを見つけることが本当に効果的なんだ」
人生には数えきれないほどのハードルが待ち構えている。跳び越えられないと思うほど高い障壁にぶち当たり、立ち止まってしまうこともあるかもしれない。しかし、競技と違って真っ直ぐなレーンは存在しない。遠回りする選択肢だってある。紆余曲折を経て、誰よりも速くフィニッシュラインを駆け抜けた新王者。その姿は、前進するばかりが正解ではないと教えてくれる。
(THE ANSWER編集部・鉾久 真大 / Masahiro Muku)
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