パラスポーツ指導者が重視する「できない」と「できる」の間にある「分かる」
既存の別の動作に例えて、選手が「分かる」よう促して腹落ちさせる
――障害のある選手たちに、どういう伝え方をしているのでしょう。
「例えば視覚障害者の場合、誰もがイメージしやすい動作を例に挙げて伝えます。視覚障害がある場合、動きを見せて伝えることはできませんから、走るときの腕の振りについては『(アナログの)体温計を振るように振ってみて』のように、今は(デジタルが主流なので)体温計を振ることも減りましたが(笑)、誰もが理解できるようなほかの動作に置き換えて、伝えていくようにしています。ジャンプする感覚を理解してもらうために、跳躍器具を使って練習したこともあります。とにかく選手が分かる(感覚をつかむ)までいろんな方法を試していくんです」
――ちなみに下稲葉さんは楽しくやる、できたら褒めるをモットーにされているとお聞きました。
「体育教員として指導をしていたとき、生徒たちが授業でこれまでできなかったことができたとか、分かったとか、生徒自身がはっとした瞬間が一番楽しそうだし、私もうれしいんです。もちろん、部活の雰囲気が楽しいというのもあると思うんですが、スポーツの本質は、できなかったことができる。知らなかったことが知れる。そこに楽しみがあると思っていて、それがない授業やチーム練習はダメだと思っています。
知的障害を持った子たちは語彙(ごい)が少ないので、『厳しいけれど、頑張っています』のような簡単な答えしかできないかもしれません。でも恐らく彼らの中でもただ、仲間と集まってワイワイと陸上をやれるから楽しいと思っているわけではないだろうと。
今までできなかったんだけど、練習を重ねるうちにできることが増えていく。それがうれしいという選手が多いんじゃないかと。小さな積み重ねでも数をこなしていけば、成長へと、選手が強くなることにつながると考えます。いろんなお子さんを指導する機会がありますが、私は決してスポーツの本質を見失わないようにしています」
■下稲葉 耕己 / one’s Para Athlete Club(ワンズパラアスリートクラブ)代表、NPO法人 日本知的障がい者陸上競技連盟 東京2020ディレクター
1984年生まれ、東京都出身。2008年順天堂大学大学院修了。大学院修了後、千葉県立千葉盲学校に着任。当時中学2年生だった視覚障害を持った松本春菜選手と出会い、陸上競技部顧問として指導を開始。その後、千葉県立特別支援学校流山高等学園でさまざま障害を持つ選手を指導。ロンドン2012パラリンピックでは、視覚障害のある選手に伴走するガイドランナー、走り幅跳びの踏切位置を声や手拍子で伝えるコーラーなどを経験。現在はone’s Para Athlete Club(ワンズパラアスリートクラブ)の指導およびパラリンピック代表選手の指導も務めている。
(記事提供TORCH)
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(スパイラルワークス・松葉 紀子 / Noriko Matsuba)