2軍球団の監督が選手に聞かれる「年俸いくらでした?」 武田勝が守る対話術「話すのは嫌な思い出」

「やっと野球の話をできる」タイミングとは
とにかく話しやすい人であろうと、ハードルをこれ以上は下げられないほどに下げてきた。高圧的な指導者像とは無縁だ。昨季は1年間、試合前の打撃練習で汗だくになって投げ続けた。選手を打ち取っては喜び、痛烈な打球を浴びれば悔しがる。さらには自分のキャラクターを生かし、かぶり物や小道具を手に練習に登場する。するといろいろな声が飛び込んでくるのだという。
「選手が思ったことを、なんでも話してくれればいいんです。趣味でも、昨日あったことでもいい。それをまず聞く姿勢だけは崩さないようにしたい。そうすると勝手に話が入ってくるようになるんです。選手がこちらに興味を持ってくれるようになるので」
選手が話しやすい環境を作ることに加えて、監督として必要なのは選手を見ることだという。「野間口ヘッドコーチに『見るのも仕事』とよく言われます」と苦笑いしながらも、選手のいい時、悪い時の変化に目を配っている。話しやすい環境をつくり、現在の状況をインプットしておく。そこがようやく、対話のスタート地点だ。
「それからじゃないですかね。やっと野球の話をできるのは。ずっと見てるよという安心感を与えてからです。で、選手がどうしても苦しい時に、ちょっと野球の話をできるようにしておきたい。理想的にはね」
武田監督の指導者生活は、現役引退した翌2017年、独立リーグの石川ミリオンスターズでコーチとして始まった。U-15日本代表の指導にも携わり、その後は日本ハムに戻って投手コーチを務めた。自身の現役時代とは、選手の気質が変わったと感じることも多い。
「喜怒哀楽が昔よりも出ますよね。悔しかったら泣くし。僕らはその表現力がなかったんじゃないのかな。出せないまま終わって、フラストレーションだけがたまって、解決する糸口がわからないみたいな。でも今の選手は、悔しい、何でできないんだと、その場その場で解決できるようになっているのかもしれません。思ったことを口にしてくれるから、指導者としては先に進むためにこうしよう、という話をできるようになっていると思います」
就任してすぐに、選手たちには「監督」と呼ぶのを禁じた。これもハードルを下げるための試みだ。同じように監督と呼ばれるのを嫌った「権藤さん(元横浜監督)じゃないけどね」と笑いながら、その意味を教えてくれた。「形の上では監督になりますが『みんなと一緒に戦っているけど責任を取る人』というだけなので。監督って呼ぶと壁ができてしまうと思うんですよ」。あくまで自然に作る“令和流”の指揮官像は、NPB球団の目にどう映るか。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)