「アスリートファースト」に覚えた違和感 日体大教授が提唱する新たなコーチング理論
即興的対応力をつけるために、指導者は「引き出し」を増やす
――アスリートセンタード・コーチングでは、世代や性別、レベルに合わせた関わり方といった指針のようなものはあるのでしょうか?
「どのような関わりが選手を主体的にして、よりよい成長につながるかはケースバイケースで、これだという答えはないと考えるべきです。それまでに受けてきた指導、親の関わり方、どんな経験をしてきたかなどで、適切な関わり方はまったく違ってきます。ハッパをかけることがプラスになる選手もいれば、マイナスになる選手もいたりするのが現実です。一概に『こうやればモチベートできる』という方法はほぼないのです。
だから結局、重要になるのは多くの経験を通じて培う即興力ということになります。選手に何か働きかけたときには、その後の反応を注視して、それが適切だったかほかにどんなオプションがあったかを振り返る。そうやってベターを探っていく。指導者が即興力を高めるには、そうした地道な努力を重ねていくことが欠かせません。
そこで私たちが有用であると考えているのが、コーチング・コミュニティ・オブ・プラクティス(CCoP)などとも呼ばれる指導者によるコミュニティをつくることです。指導者が自ら出合えるシチュエーションには限りがありますが、複数の指導者が経験を持ち寄り、語りあう場を設けることで、より多くの事例についての対応を思考する訓練ができます。
他者と一緒に指導について考え意見交換することで、ほかのチーム、ほかの指導者の考え方を知ることができますから、選手との関わり方の引き出しが増えていく。アウトオブボックス思考とでもいいましょうか。思考の外に触れてもらえる場をつくることは、コーチングのアップデートを図ってもらうための取り組みとして、私たちが最も力を入れてきたことと言えます。
選手の中に面白いという心情を芽生えさせる。感情がともなって印象に強く残る体験をさせる。コーチの役割の多くはそこにあるのだという考え方を、さらに広げていきたいと思っています。現在もハラスメントで苦しんでいる選手がいることを思えば、普及のペースは決して早いとはいえません。ですから、問題のある指導をルールで禁止することが必要であるという考えには同意しますが、真の意味でのコーチングのアップデートを実現するには、根幹の考え方を新しいものにしていく必要があると思っています」
――過度な勝利至上主義が良くないという声も聞こえてきます。アスリートセンタード・コーチングでは、勝利を目標とすることに対しどう捉えているのでしょうか。
「互いに勝利を求めて競うのがスポーツですから、勝利を目指していけないわけがありません。私も指導するチームや選手の勝利を、いつも願っています。そういうチームで指導に問題が生じているとすれば、その理由は勝利への執着よりも、指導する人の引き出しの少なさにあるように思います。大事なのはコーチングの質で、勝利にこだわったから勝てた、こだわらなかったら負けた、ということではない。選手本位のよい指導ができれば、自然とその先に勝利もついてくるはずです」