「アスリートファースト」に覚えた違和感 日体大教授が提唱する新たなコーチング理論
選手が技能を伸ばすためには、自ら学ぼうとする意欲こそが重要である――という考え方に基づき、旧来の教え込む指導を改める「アスリートセンタード・コーチング」を提唱し普及に取り組む日本体育大学の伊藤雅充教授。約10年にわたる普及活動が実を結び、新しいコーチング理論は指導者の間に着実に広がってきている。今回はアスリートセンタード・コーチングのコアにある考え方や選手に対する指導者の役割について解説してもらった。(取材・文=秋山 健一郎)
「アスリートセンタード・コーチング」を普及させる伊藤雅充教授の指導論
選手が技能を伸ばすためには、自ら学ぼうとする意欲こそが重要である――という考え方に基づき、旧来の教え込む指導を改める「アスリートセンタード・コーチング」を提唱し普及に取り組む日本体育大学の伊藤雅充教授。約10年にわたる普及活動が実を結び、新しいコーチング理論は指導者の間に着実に広がってきている。今回はアスリートセンタード・コーチングのコアにある考え方や選手に対する指導者の役割について解説してもらった。(取材・文=秋山 健一郎)
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――伊藤教授のキャリアの原点はスポーツバイオメカニクスなのですね。
「スポーツ科学の世界では『What』を追求する研究が多いのです。アスリートを成長させるために、アスリートを変えるために、何をするべきか――という研究です。私もかつては主にそういう研究をしていましたが、そこで得られた知見をいかにアスリートに身につけさせるかという『How』の部分も同じくらい重要だと考えるようになっていったのです。
でも、そうした領域の研究はあまり進んでおらず、サイエンスと現場の間にギャップが生まれる一因となっていました。指導者を目指す学生らとの関わりの中でも、『How』を知りたいというニーズを強く感じることは多いです」
――「アスリートセンタード・コーチング」は、そうした問題意識のもとで生まれたのですね。概念を提唱するに至った経緯を教えてください。
「『アスリートセンタード・コーチング』とは、トレーニングは選手本位で行われることを基本としています。指導者は選手自らが学ぼうとする環境を整えることに注力し、成長を促そうというコーチングです。そうした指導が必要なのではないかという思いは、漠然とではありましたがかなり前から持っていました。
大学の授業などでも自分が主導して何かを教え込むのではなく、学生同士のディスカッションが活発になったときのほうが、学びが深まるという実感もありました。ただ、そういう授業にできず自分が教え込むかたちになってしまうことも多く、そうした場面でのもどかしさも、自分をコーチングの探究に向かわせた理由だったと思います。
『アスリートセンタード』に似た言葉として『アスリートファースト』という言葉がありますが、これに対する違和感もありました。アスリートがファーストなら、コーチはセカンドなのかと。そこに序列を設けるのは違うように思ったんです。海外では『アスリートファースト』という言葉はあまり聞かれないというのもありました。
そんな思いを抱きながら模索しているとき、リン・キッドマンという方たちが2005年に出版した『Athlete-Centred Coaching: Developing Inspired and Inspiring People』という書籍に出合いました。『スポーツにおいて、成績を伸ばす絶対的に正しい方法は誰も知らないのだ。にもかかわらず、指導者がアスリートに何かを教え込もうとするのは正しいのか?』といった問題意識から執筆された論考で、非常に感銘を受けました。それで、ニュージーランドに住むキッドマン氏を訪ね、行間に込めた思いや背景などを伺ったのです。そんな機会を経て、自分の中にぼんやりと像を描いていたコーチングの概念に『アスリートセンタード』という名前をつけさせてもらうことにしました。
公式に発信するようになったのは2011年4月からです。日本体育大学大学院体育科学研究科に体育実践学コースが新設され、コーチング学系(現・コーチング学専攻)ができたとき、プログラムで『アスリートセンタード・コーチング』として紹介したのです。
実際に世の中に周知していく段階に入ってからは、日本スポーツ協会とも議論しアスリートよりも対象範囲が広いプレーヤーという言葉を使い『プレーヤーズセンタード・コーチング』という名称も発信されてもいます」