大山加奈に聞く 今、変わる「脱・勝利至上主義」で日本のスポーツは強くなるのか
「トップが結果を残すことが競技人口拡大、ジュニアレベル向上につながるわけではない」
「勝つこと」で競技環境が変わる可能性を秘めていることは事実だ。
例えば、バレーボールは1964年の東京五輪で「東洋の魔女」と評された女子代表が金メダルを獲得し、競技が広く認知された。たからこそ、あるバレー関係者は「今回の東京五輪で日本が結果を残さなければ、他の競技に取って代わられ、“過去の競技”になる可能性がある」と危惧する。
しかし、大山さんは「トップチームが結果を残すことが、必ずしも競技人口拡大、ジュニアレベル向上につながるわけではないと思います」と持論を説く。それを実感したのが、竹下佳江、木村沙織らを擁して銅メダルを獲得したロンドン五輪だった。
「あのチームは本当に魅力がありましたが、メダルを獲ってもそれほど競技人口は増えなかったんです。その時に結果だけじゃないんだと思わされて。親御さんたちが子供にやらせたいという魅力あるスポーツにしていかなければ、結局、結果を残しても競技人口は増えないし、レベルアップせず、衰退していくかもしれないと実感しました。
特にバレーボールは昔ながらの体罰、暴力のイメージがあるし、練習が長い、厳しいイメージもあります。そこを変えないと、いくらトップが強くてもダメなんだと。今、実は(バレーボール漫画の)『ハイキュー!!』のおかげで競技人口が増えていて、そう考えるとトップチームの結果より評価につながるものはあるかもしれないと思います」
一方で「勝利至上主義」が蔓延する背景には“やる側”だけでなく“見る側”の意識もある。
4年に一度ある五輪が大目標となり、露出機会となる競技は、その結果で一躍スターダムに乗る選手がいる。半面で「『金メダルを獲るために頑張るのがアスリート』という思いが、どこかで生まれてしまいます。そういう見方は変わってくれたら……」と大山さんは願っている。
「もちろん、選手は金メダルを目指して頑張りますし、周りには応援をしてもいたいですが、それで追い込まれるアスリートもいます。あるオリンピアンはメダルを獲るのが当たり前と言われている中で獲れず、表舞台に一切出られなくなってしまったといいます。引退してもオリンピアンであることを隠して生きている選手たちもいます。それは、本当に不幸だと思います。
勝利を求めるのはスポーツを見る側の楽しみですが、その期待に応えられなかった場合に否定、批判が向くのは苦しいこと。世界で金メダルを獲れるのは一人だけで、その舞台に立つだけでもすごいこと。それは、周りの環境が作り出しているものだと思うので変えていきたい。スポーツをやることで不幸になるようなことがあってはいけないと思います、大人も子供も」
現場には「脱・勝利至上主義」の流れに抵抗感を持つ指導者もいる。
練習量を減らしてどう勝つのか。怪我を恐れるあまり競争心が削がれたら。大山さんは「勝つことが一番に優先されると、そういう考えになりやすいかもしれません。勝つためには休むことも必要。しっかりと勉強してほしいです」と訴える。
確かに、ルーティーン化する方が楽だ。自分が選手時代に強くなった、あるいは指導者として試合で勝った経験則に選手を当てはめてしまえば、変化を求める必要がない。しかし、仕組みが変われば、方法が変わる。例えば、この記事はリモート取材で行ったもの。1年前だったら非日常だった方法も未曾有の感染症により日常になり、適応している。その中でより良い取材ができるように取材する側、される側が工夫している。
同じように、指導の現場も仕組みが変われば……。「本当に、その通りだと思います」と頷いた大山さんはスポーツ界を変えるために日々奮闘。その上で「こういった声が届くといいんですが、なかなか、本当に届いてほしいところに届かないジレンマがあります」と胸の内を明かす。
「意識が高い人、変わらなきゃと思う人はそういう情報を求めていますが、指導者講習会をやってもそういう人は来ないのが現実。指導も時代とともに変わるもの。科学的なデータが導入され、子供を取り巻く環境もそう。指導者は学ぶことをやめてしまったら、指導者をやめるべきだと思います。
ただ一方で、これからは“指導者を選手が取捨選択する時代”になっていくとも思っています。親御さんもこうした流れでいろんな情報を見たり聞いたりして情報を頭に入れると思います。だから、こうしてどんどん発信していくことが変わるきっかけになると思って、積極的に発信しています」