今、日本スポーツ界が抱える課題「アスリートの価値に比例する『周辺の仕事』の価値」
指導者自身に「成長意欲」がないと、選手の成長につながらない
――現場の指導者に求められる知識はたくさんあると思いますが、優先順位はどうあるべきですか?
「1番は競技の専門知識ですよね。それは絶対です。2番目に、人はどうやって育つのかという知識は持っておくべきだと思います。教育的な面ですね。
サッカーのコーチが、サッカーのことを教えられないなら仕事になりません。アスレティックトレーナーも同様です。アスレティックトレーナーはその中で幅広い知識を求められますね。それぞれの役割には、求められる知識が違うと思います。
アスレティックトレーナーなら応急処置や怪我の予防、リハビリなどの専門知識を網羅していないとアスレティックトレーナーとして仕事ができない。コーチであれば競技が上達するために必要な知識があります。それぞれの専門的な知識を身に付けるのが大前提ですよね。
その上で指導者として、人に伝えられなかったら意味がないですし、選手がどう学ぶかを知らないと上達させてあげられません。また、自分自身が成長したいという意欲がなければ、相手の成長にもつながりません」
――チームを指導をするときに、フィジカルコーチとして、特に何を意識して伝えていますか?
「チームによって足りない点、求められる点が変わってくるので一概には言えませんが、共通して選手に伝えるのは、自分を客観視すること、今の自分を知ることです。それを基にどうなりたいのか目標設定をして、そのためにどうするべきかというプロセスを考える。難しければスタッフに相談する。
この一連の思考を選手ができれば一番いいと思います。本来はコーチがサポートするべきですが、それができるコーチがいるとは限らないので。選手がつぶれないために、自分で取り組める思考力が必要になってきます。フィジカルトレーニングを通じて、どうすれば自分が成長できるか目標設定とプロセス設計の方法を伝えることが多いですね」
――日本のスポーツにおける育成年代の課題について、広瀬さんが指導される現場で感じていることとはどんなものでしょうか?
「多くのものをスポーツに求めすぎていると思います。楽しむこと、戦うこと、体育的側面、教育的側面、いろんなものを特に育成年代で求めすぎている。
極端にいうと、指導者が外へ向けて『楽しむのがスポーツだ』、というアピールをするならば、徹底的にそうやればいい。それなのに、そのほかの面も多く求めてしまうと、指導者が実際に求めることと子どもが求めることに齟齬が生まれて楽しくなくなってしまう。このようなギャップは育成年代のスポーツに対し、社会的にいろいろなことが求められすぎている面もあるし、ある面では利用してしまっている可能性もある。
このような指導者と子どもや保護者の感じ方のギャップが生まれないためにも、企業が経営理念を表明しているように、スポーツチームやスポーツクラブも、もっとはっきり方針やビジョンを打ち出せばいいと思いますね。事前にミッションを外部に対し打ち出して、共感した人が入るようにすれば齟齬も生まれないし、子どもも納得するし、コーチも表明通りに貫く責任が出てくる。そういった取り組みがもっとあるとよいと思います。
ビジョンが偏っていても良いと思います。打ち出していくことが大切なんです。共感する人がいなければニーズが無いことに気づく。例えば『このチームは下手でも走れる選手を使います、そのために走るトレーニングを多用します』と表明すれば、その理念に共感している人しかいないからブレない。教育的側面もそうですよね。
あとは市場原理で淘汰されていく。簡単ではありませんが、表明しないと責任を持たないですよね。後付けでいろんな側面を利用して説明してしまう」