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「日本のスポーツ文化は貧しい」 “革命家”サッカー人が目指す、誰もが幸せになれるクラブの姿

FC市川GUNNERSのグラウンドにはクラブハウスが隣接されている【写真:編集部】
FC市川GUNNERSのグラウンドにはクラブハウスが隣接されている【写真:編集部】

52歳で独立し創設 「自分で幸せなクラブを見せてあげるしかない」

 スポーツを軸に笑顔が溢れる欧州のクラブシーンと、スポーツが苦行の手段に変わってしまっている日本の部活。あまりに歴然とした相違を、日本の人たちは当たり前だと受け止めて過ごしてきてしまった。

「いつか日本も変わっていくだろうと思っていたんです。でも僕もSNSや記事を書いて発信してきたけれど、ほとんど変わらない。それなら自分で幸せなクラブを見せてあげるしかないと思ったんです」

 52歳の時に独立し、PFI(Private-Financial-Initiative=公共施設等を民間の経営で運営する)を活用し、千葉県市川市にクラブを創設した。

「行政から土地を借り、ファンドから資金を調達しました。これで市川市はスポーツを楽しむ場を提供できて、市民は喜び、僕も収益を上げ、ファンドも利息を得られる。四者が幸せになれるプランを、僕は自分で土地を持っていなくても実現できたわけです」

 すでに隣接して市川市が所有する12面のテニスコートがあり、3年後にはアリーナと球技場が創設される予定だ。

「市川市はスポーツがいかに社会を活性化するかを理解してくれていて、これらは市川市北東部スポーツタウン基本構想に則って進められています」

 市川市に誕生する幸せな総合型スポーツクラブを見て、全国各地の行政も続いてほしいと幸野は願う。そうすれば日本は変われると信じている。(文中敬称略)

[プロフィール]
幸野健一(こうの・けんいち)

1961年9月25日生まれ。7歳よりサッカーを始め、17歳の時にイングランドへ渡りプレーした。現在は育成を中心にサッカーに関わる課題解決をはかる「サッカー・コンサルタント」として活動。2014年に「アーセナルサッカースクール市川」を開校させ、代表に就任。19年に「FC市川GUNNERS」にチーム名変更、20年3月から業務提携した市川SCのGMに就任した。息子の志有人はJFAアカデミー福島1期生のプロサッカー選手で、09年U-17W杯に出場した。

(加部 究 / Kiwamu Kabe)

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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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