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知的障害がある球児が目指す甲子園 青鳥特別支援学校が示す野球の魅力

学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。

大好きな野球に励む青鳥特別支援学校ベースボール部(右から後藤浩太くん、斎藤翔くん、白子悠樹くん、首藤理仁くん、西村類くん)【撮影:南しずか】
大好きな野球に励む青鳥特別支援学校ベースボール部(右から後藤浩太くん、斎藤翔くん、白子悠樹くん、首藤理仁くん、西村類くん)【撮影:南しずか】

連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常

 学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。

 便利だけどなぜか実感の沸かないオンライン。マスクを外したら誰だか分からない新しい友人たち。そんな密度の薄い時間を過ごした後、やっぱりリアルは楽しいと気付かせてくれたのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。

「今」に一生懸命取り組む学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。何よりも大切なものは、地道に練習や準備を重ねた、いつもと変わらない毎日。何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)

28頁目 都立青鳥特別支援学校ベースボール部 新3年・白子悠樹くん、首藤理仁くん

今夏の西東京大会は単独チームでの出場を目指す【撮影:南しずか】
今夏の西東京大会は単独チームでの出場を目指す【撮影:南しずか】

「野球が好き」という純粋な思いは、誰もが平等に持つことができる。

 だが、「思いきり野球をしたい」という純粋な願いは、時として叶わぬ夢に終わってしまうことがある。

 からっと晴れ渡った1月の日曜日。東京・世田谷の住宅街にあるグラウンドに元気な声が響いた。

「元気よくいこうぜ!」
「ナイスボール!」
「お願いします!」

 声の主は、都立青鳥特別支援学校ベースボール部の部員たち。1人欠席したこの日は、5人の部員が3人の先生と一緒に白球を追った。ノックの打球が捕れなければ大いに悔しがり、ストライク送球が決まれば誇らしげな表情を浮かべる。部員たちはみんな経験こそ浅いが、野球が大好きでたまらない。

 経験が浅いのにはワケがある。本格的な硬式野球に取り組む特別支援学校は、全国的に見ても珍しい。知的障害のある生徒が硬式球を扱うのは危険が伴うという理由から学校が許可しないケースが多いという。それと同じような理由から、小中学校でも野球をするチャンスを得られない子供たちも多い。ベースボール部2代目キャプテンを務める白子悠樹くんも「昔から野球を見ていて楽しそうだと思っていました。野球をやりたいなって思いながら、なかなか野球部に入る機会がなくて」と打ち明ける。

2023年に都高野連では特別支援学校として初めて加盟

青鳥特別支援学校での取り組みが全国に広がることを願う久保田先生【撮影:南しずか】
青鳥特別支援学校での取り組みが全国に広がることを願う久保田先生【撮影:南しずか】

 監督を務める久保田浩司先生は日本体育大硬式野球部で活躍した人物。都内の特別支援学校に30年以上勤務する中で、知的障害と一口に言ってもその程度は様々であること、中学までは軟式・硬式野球でレギュラーとして活躍した生徒でも特別支援学校では野球を諦めなければならないこと、といった現状を目の当たりにしてきた。
 
 特別支援学校の生徒でも、適切な周囲のサポートや配慮があれば、本気で野球に打ち込める。そう確信した久保田先生は、知的障害のある球児たちも憧れの甲子園を目指す機会が得られるようにと、2021年3月に「甲子園 夢プロジェクト」(以下夢プロ)という練習会を発足。全国から問合せが相次ぎ、当初11人だったメンバーは40人を超えるまでになった。

 久保田先生は夢プロと併行し、2022年に勤務する青鳥特別支援学校に硬式野球をプレーするベースボール部を設立。学校の全面的協力を得て、東京都高等学校野球連盟(都高野連)への加入を申請すると、厳正な審査を経て、2023年に特別支援学校として東京都では初となる加盟が認められた。以来、夢プロの活動は仲間に託し、ベースボール部の活動に専念している。

 初陣となった昨夏の西東京大会は、3校による連合チームとして臨んだ。結果は19-23と敗れたが、逆転に次ぐ逆転という手に汗握る試合展開。部員たちは最後まで諦めずに戦い抜く貴重な経験を積んだ。

言葉だけではなく実演を交えながらの指導で上達

入部したばかりの西村くんは、この日初めてスパイクを履いた【撮影:南しずか】
入部したばかりの西村くんは、この日初めてスパイクを履いた【撮影:南しずか】

 現在、所属する6人は全員が野球初心者だった。野球をする上での大前提は「ボールから目を離さないこと」。安全面を考慮する上でも、キャッチボールや素振りなどをする時はそれぞれ間隔を十分に保つようにしている。入部当初は、ボールの投げ方やバットの持ち方、打球の捕り方など基本のキから練習。久保田先生と池端純也先生に、2023年から野球経験を持つ南波健先生と水野亮先生も加わり、部員それぞれの習熟度に合わせながら、丁寧に身振り手振りや実演も加えて指導する。

 それぞれの練習メニューに十分な時間を費やす。例えば、取材に訪れた日の投内連係。無死走者なしの場面で一・二塁間に打球が転がった時を想定した練習を30分以上繰り返した。互いに声を掛け合いながら捕球することに加え、捕球後の一塁送球は「キャッチ・ステップ・スロー」のリズムを心掛けるよう伝えている。まずは、しっかりボールをグラブに収め、続いて送球する一塁ベースへ向かってステップ。ボールを投げた後は止まらずに、投げた方向へ歩を進める。基礎練習を繰り返しながら、体に動きをしみこませていく。

 走塁の練習であれば、一塁ベースを駆け抜ける時と二塁方向へオーバーランする時とでは、ベースを踏む位置が変わることを先生たちが実演。言葉で伝えるだけではなく、実際に「ベースの内側、このあたりを踏むようにするんだぞ」と指し示しながら伝えると、部員たちの理解は深まる。

 確かに、少し時間は掛かるかもしれないが、成長曲線は確実に右肩上がりのカーブを描いている。入部当初はキャッチボールもままならなかったという白子くんは「俺、多分10回くらいはボールが顔に当たったんですよ。でも、最近キャッチボールでしっかりボールが捕れるようになった。そこは上手くなったかなと思います」と照れ笑い。今では捕手を任されるようになり、守備練習などでは積極的に声を出して練習の雰囲気を盛り上げている。

中学時代に野球部の練習を見て「僕も野球をやってみたい」

声を出してみんなで野球をする時間が好きだという首藤くん【撮影:南しずか】
声を出してみんなで野球をする時間が好きだという首藤くん【撮影:南しずか】

 昨夏の西東京大会で唯一スタメン出場した首藤理仁くんは、白子キャプテンについて「声を出して指示してくれるので、結構いいなと思います」と頼りにする。元々は卓球部だったが、中学時代に野球部の練習を見て、いつか硬式野球をしたいと思うようになった。ベースボール部ができる前から夢プロに参加し、時間があれば公園で父と練習に励んだ。

 遠慮がちな笑顔を浮かべる首藤くんは「最初はボールを強く投げられなかったけど成長しました。フライも捕れるようになりました」と話すが、その野球レベルはかなり高い。チームでは主に投手を任され、今夏の西東京大会では「試合で投げたいです。速い球を投げてストライクを取りたいです」と声を弾ませる。

 首藤くんには大切な宝物がある。練習で被るキャップのツバに書いてもらった巨人・門脇誠外野手のサインだ。2022年に創価高グラウンドで夢プロ練習会が開催された時、ゲスト参加した門脇選手に書いてもらったという。「結構、大ファン。最後にサインしてもらってうれしかったです」とお守りのように大切にしている。

白子くんが掲げる今夏の目標は…「みんなヒットを1本」

「久保田先生は恩師」と話す白子くんは声でもチームを盛り上げる【撮影:南しずか】
「久保田先生は恩師」と話す白子くんは声でもチームを盛り上げる【撮影:南しずか】

 この春、新入生が3人以上入部すれば、夏の西東京大会には青鳥特別支援学校として単独チームで出場できる可能性がある。単独チームでの出場が叶えば、また高校野球の歴史に新たな1ページが加わることになるはずだ。

 夏の目標について聞くと、白子くんは「みんなヒットを1本。バッティングで勝てるチームにしたいと思います」と意気込む。昨秋には支援が集まり、校庭の片隅にバッティングゲージが設置された。それまで打撃練習と言えば、ティースタンドに置かれたボールを打つ、いわゆる“置きティー”だった。打球が校庭から公道に飛び出さないようにフルスイングもできなかったが、ゲージが設置されたことで投手役が投げる球をフルスイングできる環境が整った。

「今、バッティングは実際に動いている球を打てるようになって、だんだん速い球も打てるようになりました。ゲージを作ってもらったのは大きいです。前より全員、上手くなっていました」

 少し誇らしげに胸を張る白子くんの言葉通り、この日は全員がゲージで快音が響かせた。夏までにはさらに技術がアップするだろう。キャプテンが掲げる「全員初安打」の目標も夢ではないかもしれない。

 アメリカンノックを受けている最中、部員から「先生、足がつりまーす!」と“ギブアップ”の声が上がった。久保田先生が「それは生きている証拠だー!」と答えると、部員たちに笑顔が浮かぶ。野球の楽しさについて、白子くんはこう言った。

「みんなで笑いながらできるところです。おふざけの笑いじゃなくて、真面目に野球をやっている時に起こる笑いが一番いいと思うので」

 野球を好きな子供たちが等しく、野球をプレーする権利は、誰も奪えるものではない。

【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。皆様のご応募をお待ちしております。

■南しずか / Shizuka Minami

1979年、東京生まれ。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグなど主にプロスポーツイベントを撮影する。主なクライアントは、共同通信社、Sports Graphic Number、週刊ゴルフダイジェストなど。公式サイト:https://www.minamishizuka.com

南カメラマンが捉えた青鳥特別支援学校ベースボール部の喜び

(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)

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