将来の夢は企業弁護士 学年でたった一人の柔道部員が掴んだ全国大会への切符【#青春のアザーカット】
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。青春時代はあっという間に過ぎてしまうのに、コロナ禍を経験した世の中はどこか慎重で、思い切って全力まで振り切れない何かがある。
便利だけどなぜか実感の沸かないオンライン。マスクを外したら誰だか分からない新しい友人たち。そんな密度の薄い時間を過ごした後、やっぱりリアルは楽しいと気付かせてくれたのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
「今」に一生懸命取り組む学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野で活躍するプロカメラマン・南しずかが切り取る連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。何よりも大切なものは、地道に練習や準備を重ねた、いつもと変わらない毎日。何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(取材・文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
24頁目 大阪・清風中学校柔道部 3年・大山康(こう)くん
2021年4月、受験を経て、無事に清風中学校へ入学した大山くんは、迷わず柔道部の門を叩いた。が、新入生の入部希望者はたった一人。高校生の先輩はたくさんいたものの、中学生の先輩も一人だけだった。「正直、ちょっと驚きました」。そう言って当時を振り返る顔に、苦笑いが浮かぶのも無理はない。
柔道と言えば、日本で根強い人気を誇るスポーツの一つだ。「何か武道を嗜んでほしい」という両親の思いもあり、6歳の頃から柔道を始めた大山くんにとっては大好きなスポーツ。地道な練習は時にキツいと感じることもあるが、辞めようと思ったことは一度もない。ただ、小学6年生の時は中学受験に集中するため、1年ほど競技から離れた。
「この1年間は勉強を頑張れば、中学に入った時に思いきり柔道ができると思って、振り切りました」
楽しくて大好きな柔道が、またできる。だから、驚きはしたものの、一人でも入部の決断に迷いはなかった。
先輩たちの胸を借り、実力を伸ばした中学の3年間
学年でたった一人の柔道部員だと言うと、よく聞かれる質問がある。
「一人で頑張るのは大変でしょう?」
「どうやって練習してきたの?」
だけど、答えは簡単だ。
「いつも先輩たちが一緒に練習してくれるので大丈夫です!」
練習は中学生と高校生が合同で実施。テスト期間を除けば毎日ある放課後の練習も、火曜から土曜まである朝練も、まるで兄のような先輩たちがいつも面倒を見てくれる。「両親をはじめ周りの人の支えもあったけど、一番はいつも一緒に練習してくれて、試合前になったら応援してくれる先輩たちと先生がいたことが大きいです。先輩たちは本当に優しいんです」
取材に訪れた日も、体育館の地下1階にある柔道場では制服姿のまま、高校生たちと楽しそうに談笑する大山くんがいた。言われなければ、同級生かと思うような仲の良さ。顧問の佐藤淳史先生に呼ばれると、好奇心の強そうな目をクリッとさせながら「今日は宜しくお願いします!」と挨拶をして、しっかり一礼。「あんな感じだから、高校生にもすごくかわいがられるんですよ」と佐藤先生は笑う。
体格は決して大きくないが、見上げるほど大きな先輩たちの胸を借りながら、来る日も来る日も練習を続けた。入部した時に着けていた無段の白帯は、その1年後には有段者の証でもある黒帯に進化。3年生になると小柄ながらもギュッと詰まった体格を生かし、誰よりも素速く軽快な動きで基礎練習をこなすまでになった。
柔道に集中している時間がたまらなく好きだという。一番得意な技は背負い投げ。「試合で背負い投げができた時が一番うれしいし、やっぱり人を投げられると気持ちいいですね」。対戦相手と一緒に、小さな悩みやモヤッとした気持ちを吹き飛ばす爽快感がある。
中学3年で初出場した全国大会「空気がウワッと襲い掛かってくる」
努力は必ず報われる。その瞬間が今年、やってきた。
7月に開催された大阪中学校夏季柔道大会・個人戦。60キロ級で出場した大山くんは、1回、2回と勝ち進み、ついには決勝までたどり着いた。
「一番初めの試合は緊張して。でも、やっていく中でだんだん落ち着いてきました。それで最後、決勝でもう一度気持ちを切り替えて頑張りました」
結果は見事、優勝。初めて全国大会への切符を手に入れた。「やっぱり中学生最後の大会という思いと、一番になりたい気持ちが強かったと思います」。縁遠かった全国大会に出られることはうれしいが、何よりも周囲のみんなが喜んでくれたことがうれしかった。「先輩も先生も家族もみんな喜んでくれました」と、ニコニコの笑顔で振り返る。
8月に徳島で開催された全国中学校柔道大会は、残念ながら1回戦負け。「みんなめっちゃレベル高かったです。はい、すみません……」とバツが悪そうに肩をすぼめるが、単なる負け戦で終わったわけではない。全国大会でしか味わえない経験を手に入れた。
「初めて経験する感じで、その場の雰囲気に飲まれました。空気がウワッと襲い掛かってくる感じというか、ちょっと萎縮してしまう感じ。あんなに大きな大会に出たことがなかったので、なかなかない体験でした。自分の力を発揮できないまま終わってしまって。でも、また全国大会に出たいです! そう思う場所でした」
今の目標を聞かれると、すかさず返ってきたのが「全国大会で勝ち抜くことです!」の言葉。この夏の経験があったからこそ、視線の先に捉える目標は「全国大会出場」から「全国大会での勝利」へと変化した。
柔道で学んだ目標達成までの計画の立て方
柔道を通じて、礼儀作法が身に付いただけではなく、目標達成までの道筋を考えるようになったという。「大会で優勝するためには計画立てて練習していかないとダメ。大会がある日から逆算して、今やるべき練習を考える。それは佐藤先生と先輩たちが教えてくれました。計画の立て方、戦略の立て方という点では成長したと思います」と胸を張る。
そのスキルは勉強でも生かされている。学校では進学コースに在籍し、成績もトップクラス。大好きな柔道と両立させるためにも「テスト前には、この日は何の勉強をする、という計画を先に立てるようにしています」と話す。顧問の佐藤先生も「将来の夢を叶えるには、どこの大学に進みたい、そのためには今どうしたらいいか、しっかり考えていますね」と太鼓判を押す。
将来の夢を聞くと、少し照れくさそうに、でもはっきりとした口調で言った。
「おこがましいんですけど……企業弁護士になりたいです。小学生の時から社会が好きで、公民を習い始めてから法律が面白いなって。法律を知っているか知らないかで、その人の生活がかなり変わってくる。強くてカッコいい弁護士になりたいです」
高校生になれば勉強はさらに難易度を増し、柔道でもまだ見ぬライバルが現れるかもしれない。だが、勉強でも、柔道でも、目標をぶらすことなく、達成までの道のりを逆算しながら一つ一つ着実に歩を進めていく。
【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。皆様のご応募をお待ちしております。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京生まれ。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材をはじめ、大リーグなど主にプロスポーツイベントを撮影する。主なクライアントは、共同通信社、Sports Graphic Number、週刊ゴルフダイジェストなど。公式サイト:https://www.minamishizuka.com
南カメラマンがファインダー越しに見た大山くんの本気
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)