五輪で自己記録通りに走るのが難しい理由 陸上短距離の「速い選手と強い選手」の違い
互いが見えない状態で100メートルを走ったら勝つ人が変わる?
秋本氏は仮説をもとに、こんな想像をふくらませる。
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「実際にはあり得ないですが、選手と選手の間に競馬の出走ゲートのように衝立があり、互いが見えない状態で100メートルを走ったら勝つ人が変わるかもしれない。競り合いがなくなりリラックスして実力を発揮できるようになる選手もいれば、逆に力が入らずにタイムを落とす選手もいる。僕は複数で走る方が好きなので、苦手だった1人での走りはタイムを落としているかもしれない。そういう考え方も仮説としてはあります」(秋本)
「力み」と「リラックス」について、野球やサッカーなど他競技のトップ選手のスプリント指導も手掛けている秋本氏は、こう置き換えて説明する。
「僕は“オン”“オフ”という表現で言うのですが、陸上以外のトップアスリートに説明すると『走りのオンとオフって何?』となる選手が多いです。例えば、野球選手に説明するのは『バットをボールに当てる時、ずっと力を入れてスイングしませんよね』『バットにボールが当たってから、グーッと押し込んでないですよね』、サッカー選手なら『ボールを蹴る時、足を当てる時にグーッと押し込んでないんですよね』と例えて言う。
結局、力を入れるタイミングはどの競技も一瞬。それがバットとボール、足とボールの関係が、走りになると足と地面になるという話。地面に着いた時に一番大きい力を出し、あとは抜かなければいけない。縄跳びをする時、地面に足が離れている間も力を入れて跳ぶ人はいません。地面に着いた時だけ力を入れ、あとは抜く。このオンとオフがスプリンターになると、大切な腕振りや接地のタイミングにズレが生じる感覚です」(秋本)
走りにおいて大切になる「リラックス」であり「オフ」の意識。しかし、一般レベルになると注意が必要になるという。特に子供たちだ。
「例えば、子供は逆に自分よりちょっと速い人と一緒に走った方が、タイムが出ることがある。足が遅い子の特徴の一つが、ふにゃふにゃとして力を入れられないパターン。そういう子は、前に追いかける目標があると自然と力が入る状況になり、タイムが上がることが多い。
オフの前にまずはオンがどのような状態かを体感することが大事。一瞬で大きな力を出すジャンプのようなトレーニングがおすすめです。反対に力がうまく出せない子に『リラックスしよう』という言葉がけをしてしまうとなおさら力が入らなくなって遅くなることが多いので注意が必要です」(伊藤)
100メートルならわずか10秒。その間に力を“入れる”“抜く”が、勝負の命運を分ける。走りの奥深さはこんなところにも表れている。
■伊藤友広 / Tomohiro Itoh
1982年生まれ、秋田県出身。国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネ五輪では1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01 SPRINT PROJECT」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。
■秋本真吾 / Shingo Akimoto
1982年生まれ、福島県出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルで五輪強化指定選手に選出。200メートルハードルアジア最高記録(当時)を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人を指導。また、延べ500人以上のトップアスリートも指導し、これまでに内川聖一(ヤクルト)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和)、神野大地(プロ陸上選手)、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)