諦める選択肢浮かんだ200mで「キング」に 瀬戸大也、米国勢V9阻止までの過酷な努力
嫌いな耐乳酸トレーニングで毛穴全開「心は逃げてない。もう覚悟を決めている」
栄養面、体重調整など細かな点に気を配った。梅原コーチも「経験値は凄く上がっている。全ての面で初代表の時から一年、一年積み重ねてきたものが、生かされている」と成長に目を細める。
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この4か月弱は耐乳酸トレーニングを敢行。瀬戸は「乳酸に耐えられる体」を手に入れるため、早大時代の“鬼メニュー”と週に一回向かい合った。「嫌いです」と断言しながらも、弱音を吐かずに泳ぎ続ける。「100メートルを50本とか多い回数を、全て全力で泳ぐ。休み時間も長くとって回復させつつやっていく。トータル距離は大体2000メートル前後ですね」。体が重くても、すぐにスタート。毛穴全開で体中が痺れることもあった。血を吐くような思いで乗り越え、大学時代のタイムを上回った。
「これが必要だと思っているので、心は逃げてないですね。もう覚悟を決めているので、練習に関しては東京五輪まで別に怖くはないし、きついのが当たり前だし、それが乗り越えられたらこうやっていい結果が付いてくるということを、今回証明できた」
最後に自由形で踏ん張るための時間。決勝では追いすがるライバルたちを最後に引き離した。
4年前の400メートル個人メドレーも金メダルを獲得し、16年リオ五輪出場を内定させた。だが、翌年の日本選手権は1分58秒30で3位。通常は五輪出場権を一発勝負で争う同大会で不甲斐ないタイムとなり、リオでも銅メダルだった。梅原コーチは言う。
「油断をしたつもりはないけど、4年前は初めて五輪に内定して、結果を見てしまえば、日本選手権で凄く悪いタイム。内定をもらったのが恥ずかしいくらいだった。でも、一度失敗して、それを繰り返さないのが、彼の持っているいいところ。
今回、そこは大丈夫だと思う。やるべきことは変わらず、来年の4月は内定をもらっているからこそ、ちゃんといい結果で胸を張って『代表です』と言えるような状態にしなければならない」